2011-04-05

天空の舟 (宮城谷 昌光)

天空の舟―小説・伊尹伝〈上〉 (文春文庫) 天空の舟―小説・伊尹伝〈下〉 (文春文庫)

「天空の舟—小説・伊尹伝」は、夏王朝をたおし商 (殷) 王朝を樹てた湯王の名臣・伊尹を主人公にした歴史小説です。伊尹は桑の木から生まれたという伝説があります。当然、貴族の生まれではなく庶民として育てられました。若い頃は貴族のための包丁人をやっていたとされます。伊尹は世捨て人の様な生活を送りますが、異才を認めて訪ねた人があります。湯王です。湯王は三顧の礼をもって伊尹を迎えます。

この話は宮城谷さんの創作ではなく、「孟子」の「萬章章句上篇」の 7 にその免話があるそうです。「孟子」は戦国時代に出来た書物です。戦国時代後、秦・漢・三国時代と移るわけですから、有名な「諸葛孔明の三顧の礼」よりも前に記述されていることになります。そうすると、伊尹に対する三顧の礼は史実に在ったことになりますね (創作ではなく!)。

伊尹が湯王に仕えてからの活躍は目覚ましいものがありますが、本書はそれより前、湯王が三顧の礼で伊尹を迎える前に大きくスポットを当てています。といっても、史実と創作の境界が (門外漢には) 分からないので少しモヤモヤしますが、小説と思って読んでしまえば楽しいものです。王の宮廷で神技のごとき包丁さばきを見せる伊尹。王軍から自邑 (自分の国) を守るため奮闘する伊尹。そんな伊尹の才能を見抜く湯王の名臣・仲虺。

「天空の舟」の面白みはもう一つあります。それは紀元前 17 世紀頃の中国 (夏王朝末期) の様子を知ることができることです。

夏の時代、「邑」が一つの国でした。この規模は非常に小さく、春秋時代には「邑」を「むら」と呼ぶほどです。当時はその程度の小ささで一つの国と呼べたのですね。夏王朝は、特に大きな邑に「伯」という称号を与え、複数の邑を間接支配しています。正確には支配というより、権威的に頂点に立っているのが夏王朝という感じです。

それから、昆吾伯の存在。夏王朝末期には昆吾氏の勢力が夏王室と同じくらいまでに大きくなっていました。なので、湯王は夏王朝を倒すだけではいけなかったのですね。夏王室と昆吾氏と商。その三つ巴を制する必要があったのです。実は夏王朝末期は、ちょっとした三国時代になっていたのですねぇ。

そして戦車の存在。「商」は戦車を戦場で使い、それが戦力の差となるのです。もちろんここで言う戦車とは、今の大砲の付いた戦車ではなく、古代の人が乗る荷台を二頭立ての馬が牽く戦車のことです。ちなみに、世界で最初の戦車は BC.3500 頃にシュメール人が作ったそうです。

こういった古代中国を識ることも、「天空の舟」の楽しみです。

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