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2012-05-26

新世界より (貴志 祐介) 〜 千年後の見えざる管理社会を子供の目から描く大作

SF 好きの安宅です。日本の SF 作家・貴志祐介の作品「新世界より」を読みました。2008 年出版。第 29 回日本 SF 大賞受賞。

新世界より(上) (講談社文庫) 新世界より(中) (講談社文庫) 新世界より(下) (講談社文庫)

ストーリー

舞台は今から約千年後の日本。約千年前、人類は呪力 (テレキネシス) 能力を手に入れます。しかし、そこにはマイノリティーな能力者とマジョリティーな一般人との対立が待っていました。二つの陣営は争い合い、多くの犠牲を出し、文明は一部を除き衰退し、そして主人公達の世代が生きる「町」へと集束してゆきました。当たり前の様に呪力が使える世界です。

主人公は渡辺早季。そして、彼女の友達四人: 青沼瞬、朝比奈覚、秋月真理亜、伊東守。5 人は課外授業で「町」の外へ出た時に運命の転機を迎えます。本来の予定よりも遠出して、過去の移動図書館を発見してしまうのです。それはミノシロモドキという名前で「町」では呼ばれ、一般人が触れてはならないモノでした。5 人はミノシロモドキから禁忌とされる情報を知ってしまいます。

その後、外来種のバケネズミが来襲。バケネズミは人間より少し小さなサイズの (つまり巨大な) ネズミで、知性は高く、人語を解し、教養高いバケネズミは人語を話しさえします。彼らは一頭の女王を蟻のように頂き、コロニーを形成。友好的なコロニーは、人間と主従的な関係を築いています。外来種のバケネズミは、早季らの「町」とは全くの無縁。早季と覚は一度は外来種に捕われるも、機種を働かせて脱出。友好コロニーのバケネズミと出会い、協力して外来種を倒します。

ここまでなら、ちょっとした冒険活劇 SF です。物語が面白くなるのは、こういったアクションを通して、呪力とは何か? バケネズミとは何かが分かってからのことです。

一つの苦難が去った後、子供達には大きな問題が残っていました。すなわち、禁忌たるミノシロモドキの情報に触れた事実です。子供達は事実を知ってしまったが故に、少しずつ確信を深めていました。禁忌に触れた子供は処理され、記憶を消されてしまう... 例えば、早季には姉がいたのではないか? 5 人編成の班は、元々 6 人編成ではなかったか?

子供には気がつかない様に作られていた「大人による」子供への管理体制。そしてもう一つ、人間自身が気付いていなかった、「人間による」バケネズミへの管理体制。二重の管理社会に早季が気がつき始めた時、ちょうど社会の歪が形となって人間達を襲い始めます。

しかし、その時。早季が頼る仲間はほとんどいませんでした。仲間うちで最も賢く呪力も強力だった瞬は、既に処理され早季達の記憶にはほんの面影しか残っていません。守は「処理」の予兆を捕えて町を脱出、守を愛する真理亜も守に連れそいます。ほとんど孤立無縁の中、覚と供に苦難に直面する早季。この作品は、子供から大人へと脱却する早季自身の成長の物語であるとともに、社会が抱えていた歴史的暗部を未来史 SF 的に眺める、二つの楽しみを味わうことができます。

あとがき

少学校時代は反社会的だった覚が、グッと頼もしくなる第二部。不安の中で生活し、瞬を喪失する第三部。第四部が激動でしょうか。ふとしたきっかけから「瞬」の記憶が消されていることに気付き、「X (瞬)」の記憶をたぐろうとする胸熱な展開。守と真理亜の喪失。早季の生活に大きな転機が訪れます。そして、大人になった早季と覚が、社会の歪に翻弄されそして過去と対峙する第 5・6 部。

どの章も読み応え満点。意外なところに物語のキーポイントが隠されていたりして、飽きさせません (一部、飽きるなぁ〜と思うところがあるかもしれませんが、それが実は物語のキーになっていたりします)。

時折 (大人達の操作によって) 抜け落ちる記憶におびえながら、「負けない」早季の戦いが胸を打つ。非常に良質な SF です。

新世界より(上) (講談社文庫) 新世界より(中) (講談社文庫) 新世界より(下) (講談社文庫)

2012-04-28

鏡―ゴースト・ストーリーズ 感想 〜 珍しい児童文学のホラー短編集

鏡―ゴースト・ストーリーズ

「鏡―ゴースト・ストーリーズ」は、ちょっと変わった短編集です。オリジナルは、1996 年の国際児童図書評議会世界大会で出版されたアンソロジーです。このアンソロジーにはちょっとした制限が付いていました。

  • 一つの国から一人の作家 (世界大会用なので)
  • 対象年齢は十二歳
  • 題材はホラー (短編)

オリジナル版には 11 の短編が収録されましたが、日本語版ではその中から六編を選んで訳出しています。

さあ、作家陣が豪勢です。日本からは「魔女の宅急便」の角野栄子 (邦題は彼女の作品「鏡」から取っています)。アメリカからは「闇の戦い」シリーズのスーザン・クーパー (life@aka の最初のエントリーはスーザン・クーパーでした!! 「闇の戦い」シリーズ第三作目の「灰色の王」でニューベリー賞受賞)。ニュージーランドからはマーガレット・マーヒー (「目覚めれば魔女」でカーネギー賞受賞)。私の好きな作家さんがこぞって参加しているではありませんか!!

題材がホラーなだけに、後味も普通の児童文学とは違います。そもそも、児童文学でホラーって珍しいですよね。それはさておき。マーヒーの作品は短編ながら大人向けよりも怖かったり、角野さんの作品も最後の最後でようやく光が見える仕上がりになっています。また、それぞれの国の文化がそのまま表現されているので、一冊読むと色んな国を見てきたような気分になります。どうせなら、6 編といわず全 11 編を訳出してくれれば良かったのに... とちょっと恨み事を言ってみたりして。

本書で初めて知ったカナダの作家、キット・ピアスン。なかなか面白かったです。日本にも本が訳されているようなので、図書館で探してみるつもりです。新しい作家との出会いというのも、アンソロジーならではですね。

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2012-04-27

スカイ・メモリーズ (パット・ブリッソン) を読む 〜 心に遺す財産を描く児童文学

スカイ・メモリーズ―母と見上げた空 (あかね・ブックライブラリー)
パット ブリッソン ウェンデル マイナー

425104181X
あかね書房 1999-07
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パット・ブリッソンのスカイ・メモリーズ。たった 69 ページの短い児童文学です。でも、扱っているものはとっても深い。命です。

ある日、母は娘に心をひきつける「空」を心の中に残そう、と言います。写真という物体ではなく、心に残そうと。美しい空だけじゃなくて、嫌な感じの空にも何か良いものはないかしら。そう言って人生の厳しさ、辛さから良い所を見つけようとする。母と娘は手をつなぎ、心の中でシャッターを切ります。

しかし、そんな母は癌に冒されます。日に日に弱ってゆく母。現実は残酷に、母から命の灯を奪ってゆきます。

二人はそれでも、「空」に「素敵」を見つけて記憶に残そうとします。それは、母が娘に遺す最も大事なものだったのかもしれません。

本書は、子供の視点から語られる物語です。不条理な現実。母から遺される想い。「物」ではなく「心」を大事にしようとする二人の姿が胸を打ちます。世界の美しさと厳しさが同居したような児童文学です。子供だけでなく、子供を持った親にこそ是非読んで欲しい一冊です。図書館で探せば、見つかると思います。

2012-04-26

アシモフ初期作品集 (アイザック・アシモフ) 感想

アシモフの初期作品集 (全 3 巻) を読み終えました。

カリストの脅威 (ハヤカワ文庫SF―アシモフ初期作品集) ガニメデのクリスマス (ハヤカワ文庫 SF―アシモフ初期作品集 (1142)) 母なる地球―アシモフ初期作品集〈3〉 (ハヤカワ文庫SF)

アシモフが初めて作品を売りに出し始めてから、ボストンに引越するまでの時代の短編を集めた作品集です。アシモフの短編集というと、作品の前後にアシモフ自身のコメントが入っているのが特徴です。本書でもその趣向は受け継がれていて、半分、掛け出し作家のアシモフの自伝になっています。

本書は、アシモフの短編集「われはロボット」や「夜来たる」などから洩れた初期作品を集めているので、アシモフの代名詞であるロボット物やファウンデーションものは登場しません。もちろん、高名な「夜来たる」も収録されていません。アシモフのコメントは、それらの「売れた作品」の合間にこういう作品を書いた... という体で書かれています。

読んでみると、なるほど「アシモフらしいキレ」がないと思う作品もあれば、後の未来史シリーズで見かけるようなアイデアのはしりを見ることが出来たり、何故他の短編集に収録されなかったのか不思議と思う良作もあります。玉石混淆と言ってしまえばそれまでですが、意外な良作と出会えるのも楽しいところです。

それと、アシモフ・ファンにとって重要なのは、名編集者・キャンベルとの出会いが詳しく書かれていることです。アシモフはキャンベルという編集者の許で成長した SF 作家として有名ですが、その出会いについて詳しく知ることはあまりありません。初めての出会い。何度もボツにされたこと。初めてキャンベルが作品を買ってくれたこと。そして、やっぱりボツにされる作品が出たこと (短編集「聖者の行進」を読むと、アシモフは意外とボツにされることが多い作家さんなのが分かります)。その中でロボット物が生まれ、「夜来たる」が有名になり、ファウンデーション・シリーズが始まってゆく。本書は、アシモフとキャンベルの出会いと別れを知ることの出来る意味でも、有意義なものでした。

第三巻の巻末には、キャンベルとの作品 60 タイトルが掲載されています。その最後の作品はファウンデーション・シリーズの最後の中編でした。「しかし、分かっていなくもある」。何とも言えない哀愁を感じました。

2012-02-23

未来少年コナンの原作「残された人びと」を読む

コナンと言っても...

「コナン」というと最近は、名探偵コナンを指すようですねぇ。これが二世代位い上になると、未来少年コナンになります。更に上の世代ですと、ロバート・E・ハワードのヒロイック・ファンタジー、コナン・シリーズを指したものです。

今回は、「未来少年コナン」の原作のお話しです。

未来少年コナン — アニメ版

未来少年コナンは NHK 初の長編アニメーションとして、1978 年の 4 月 4 日から 10 月 31 日まで放映されました。全 26 話。監督はスタジオ・ジブリで有名な宮崎駿。

未来少年コナン Blu-rayメモリアルボックス
未来少年コナン Blu-rayメモリアルボックス

主人公・コナンは 12 歳。ヒロイン・ラナも 12 歳。舞台は近未来。超磁力兵器を用いた最終戦争により、地軸が曲がり、地殻変動を起こして海面が上昇。多くの都市が海中に没しています。最終兵器として「ギガント」と呼ばれる巨大な飛行機が登場。ギガントには超磁力兵器が搭載されています。

残された人びと — 原作

未来少年コナンの原作は、アレグザンダー・ケイ (Alexander Key) により 1970 年に書かれました。原題は「The Incredible Tide」。日本では、邦題「残された人びと」で 1974 年に出版されました。ケイの代表作には、最近リメイク映画が作られた「ウィッチマウンテン/地図から消された山」があります。

残された人びと (ジュニア・ベスト・ノベルズ (16))

「残された人びと」では、アニメより冒険活劇が少なく、ジュブナイル SF 的な要素が色濃く出ています。また、1970 年は冷戦時代の真っ最中。冷戦とその先に続く (かもしれなかった) 最終戦争への警鐘が作品中に見ることができます。

原作とアニメ版の違いを見ていきましょう。

主人公・コナンは 17 歳。ヒロイン・ラナも 17 歳。コナンとラナは幼馴染みですが、戦争勃発時に別れ別れになっています。二人が出会うのは最終章においてです。

最終戦争が起こったのはアニメ版と同じですが、大破局が起こった理由は相方の国が超磁力兵器を使ったためでした。どっちの国の指導者も愚かだった、というわけですね。当然、ギガントなどという飛行機も出てきません。

暗く辛い生活の中で、人々がどのようにして生きてゆこうとするのか? 管理社会を作るのか? 人を大切にする社会を作るのか? 子供向けでありながら、色々と考えさせられる SF 作品です。

2011-08-05

隣の家の少女 (ジャック・ケッチャム) を読む

隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)
ジャック ケッチャム Jack Ketchum

459402534X
扶桑社 1998-07
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ジャック・ケッチャムによる恐怖小説です。恐怖小説、言い換えれば、ホラー小説。といっても、スティーブン・キングやディーン・R・クーンツの多くの作品の様にスピリチュアルな存在が主人公たちを襲うわけではありません。恐怖の対象は、私達と同じ「人間」です。

時代は 1958 年。主人公は「隣の家の少女」と親交を深めています。しかし、運命の歯車は狂い始めます。最初はちょっとしたいたずら。少年も加害者に加わります。しかし、いたずらはエスカレート。それは虐待へと変化して行きます。それも大人による虐待です。ここで、子供である主人公は「傍観者」へと成り下がります。そこが恐しい。そこが怖い。

一般のホラー小説は、恐怖体験に対して主人公が向き合い対決する形を取ります。人知を越えた存在に対して、どうやって相手を倒すか? どうやって逃げ出すか? 主人公の前向きな視点と同化することによって、読者は恐怖体験と向き合いつつも、恐怖体験と戦うカルタシスを得ます。

一方、「隣の家の少女」の視点は違います。致命的なことに、主人公は少女を救ける勇気もなければ努力もしない。目を背むけられない。逃げ出すことも出来ない。ただ傍観者であり続けるだけ。目の前の惨劇を... 大人がすることとは思えない行為を... ただ見ているだけ。誰かに知らせようとすれば、自分が殺される。そう、この作品で主人公は恐怖体験と同化してしまうのです。そんな主人公に感情移行しながら読む 400 ページ。

ホラー小説を少々噛じってきましたが驚きました。こういう手法で恐怖を伝える手段があったのかと! そして、400 ページに渡って、逃げ出せない恐怖から目を背けられない描写を書き続けられる作家が居たのかと!

本の帯にはスティーブン・キングの言葉が載っています。

わたしたちのような作家にとって
ケッチャムは一種のヒーローだ

これは半分はお世辞であり、もう半分はキングを含む多くの「ホラー小説作家」が思いつかなかった視点を導入し、成功したケッチャムへの賛辞ではないかと思います。

「恐いのは人間」「いけないのは傍観者たること」当たり前の常套句を、丁寧に長編へと紡ぎ上げると一流の恐怖小説になる。「隣の家の少女」を読んで知りました。

2011-07-15

空飛び猫 (アーシュラー・K・ル=グウィン) を読む

本は本でも、絵本の紹介です。猫好きにはたまらない絵本。「空飛び猫」。羽根が生えた猫たちの冒険を描いた本です。

作者は アーシュラ・K・ル=グウィン (Ursula K. Le-Guin)。ル=グウィンは SF・ファンタジー界の大作家です。SFの代表作には 「闇の左手」(ヒューゴー、ネビュラ賞受賞)、「所有せざる人々」(ヒューゴー、ネビュラ、ロータス賞受賞) が、ファンタジーの代表作には (もはやセミ・クラシックとなった) 「ゲド戦記」(全 6 巻) があります。

そんな彼女が描いた子供向けの本が空飛び猫シリーズです。一冊 100 ページ未満。文字は大き目で、半分近くが挿絵ですので、早ければ小学生前の子供でも楽しめるのではないかと思います (漢字がありますから、親が読み聞かせる必要があると思いますが)。

「空飛び猫」は空飛び猫シリーズの第一弾です。

お母さん猫が子供を産んでみたら、なんと子猫には羽根が付いていました。生まれた子猫は四匹。セルマ、ロジャー、ジェームス、ハリエットと名付けました。しかし、お母さん猫には「羽根」の意味が分かりません。猫に羽根は生えていないからです。

ある日、犬に追われて大きく跳び上がったところ子猫は空を飛んで犬の届かない場所まで上ってしまいました。お母さん猫はそれで納得します。羽根は空を飛ぶためのものなのだと。

そしてお母さん猫は子猫たちに言うのでした。この街はお前たちのために良くない。もっと良い場所を探しなさない。もう巣立ちの時期ですよ、と (実際、猫はすぐに大人になりますからね)。四匹の兄弟姉妹は力を合わせて新天地を探しに出ます。途中、フクロウにいじめられたりもします。最後に彼らはハンクとスーザンという心優しい人間達と出会うことができるのでした。

「帰ってきた、空飛び猫」は空飛び猫シリーズの第二弾です。嬉しいですね。セルマ、ロジャー、ジェームス、ハリエットが帰ってきました。

今回は里帰りのお話。幸せな生活を送りつつも、お母さん猫の近況が気にかかる空飛び猫たち。そこで、ジェームズとハリエットがお母さん猫に会いに街に戻ることになります。街に戻って、二匹はびっくり。黒い子猫が高いビルに住んでいるではありませんか。そのビルは取り壊し直前。しかも子猫には「羽根」が生えていました。

二匹は黒い子猫を助け、お母さん猫と再会します。そして、子猫が自分達の妹だと知るのでした (ジェーンという名前です)。ジェーンは「ミー」と「嫌いだ」の二言しかまだ喋れないのですが、言葉以上にその様子が愛らしくてしょうがありません。ちなみに、初めてジェームズとハリエットがジェーンに出会った時、彼女は迷子で助けを求めていました。「ミィィィー」「ミィー」と鳴くのです。これはアメリカの猫が「ミィ」と鳴くのと、自分だよという意味の「me」をかけ合わせているのですね。とても印象的で可愛いい出会いのシーンでした。

続編について

私は上記二冊までしか読んでいません。しかし今回、エントリーを書くに当たって調べてみたところ、「空飛び猫」シリーズは 4 冊刊行されていることを知りました。一応、リンクを張っておきます。



三冊目は「素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち」、四冊目は「空を駆けるジェーン」という題名です。

訳者について

本シリーズの訳者は作家で有名な村上春樹です。どうやら村上氏は猫がお好きな様子。このシリーズを原書で見つけて、是非翻訳したいと持ちかけたそうです。

巻末には「訳」に対するちょっと長めの注釈が入っています。例えば、上に紹介した「ミィー」というのも、この注釈で知ったことでした。とても丁寧な注で、本文と同じくらい楽しめてしまいます。極めつけは、「〜というのは猫が照れ隠しをするときの様子です」と訳注ではなく猫の仕草の説明までして下さっています。本当に猫がお好きなんでしょうねぇ。

2011-04-29

華栄の丘 (宮城谷 昌光) を読む

華栄の丘 (文春文庫)
宮城谷 昌光

4167259141
文藝春秋 2003-03
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宋の名宰相・華元を描いた作品です。華元の功積として一番に上がるのは、大国・楚と大国・晋の和平を取り持ったことでしょう。しかし、本書ではそのエピソードは最後の章で軽く触れるに留められています。

「華栄の丘」では、悪王・昭公の死後、文公と共に宋に平和をもたらそうとする華元の姿が描かれます。「文公」という諡号から、華元の仕えた王は非常に徳の高かった人物であったことが分かります。文公あっての華元であり、華元あっての文公だったことが伺えます。

クライマックスは、楚の覇者・荘王が宋を攻めるところでしょう。宋は「礼」を大切にし、盟下に入っている晋につくします。楚が来ても、晋から離れることはありません。これは、大国である楚と晋の力が拮抗していたから出来た外交でした。ところが、晋は邲の戦いで大敗を喫し覇権を楚に譲ってしまいました。助けを求めても、大国・晋といえども兵を送り出す国力がありません。宋、絶体絶命です。

楚の攻勢に対して 100 日持った国はありません。しかし、宋は粘ります。文公と華元のもと、一岩になって戦います。結局、荘王は 200 日以上の帯陣の後、宋攻略を諦めるのでした。

歴史とは面白いもので、楚にも王に直言する人がいました。申犀。彼が荘王の撤退に否を唱えます。そして賢臣がもう一人。申叔時。彼の献策によって、遂に宋は楚の盟下に入ります。

あとがき

春秋五覇の一人に数えられる襄公の妃・王姫。襄公の孫・文公。そして名宰相・華元。この三人を軸に、宋という国が一致団結する様が、本書の面白味です。楚と晋の和平をとりもつ時、文公は既に亡くなっていました。だから、華元の一番の功積は軽く触れられただけなのだと思います。華元が一番輝やいている時を描こうと思ったら、やはり文公と一緒に居た時なのでしょう。

沈黙の王 (宮城谷 昌光) を読む

沈黙の王 (文春文庫)
宮城谷 昌光

4167259060
文藝春秋 1995-12
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「沈黙の王」は五つの短編集から成っており、時代もバラバラです。夏王朝・商王朝・西周滅亡・東周樹立・晋。ひどいものですね。全く予備知識なしに読んで理解できるかどうか不安です。

簡単に各編の紹介と感想を書きましょう。

沈黙の王

商の 27 代・高宗武丁のお話しです。武丁は甲骨文字を作ったことで有名です。このお話は、武丁が文字を作るまでに味わう艱難辛苦を描いた作品です。

地中の火

夏の 5 代目に滅亡の危機がありました。后羿とその部下・寒浞が王を殺して、公子も全て殺害してしまうのです。けれど、一人だけ見逃した子がいて、后羿と寒浞は敗れます。珍しく反乱し失敗する側に立った作品です。

妖異記

周 (西周) 崩壊を描く一編です。鄭の桓公がなんとか幽王を助けようと奮闘する姿が悲しいです。周滅亡のきっかけになったのは、褒姒という王妃でした。夏王朝の末喜、商王朝の妲己、西周王朝の褒姒。三つの王朝が王妃をきっかけに減びるというのは面白い符号の一致ですね。

豊饒の門

「妖異記」の後半部分からお話しが始まります。鄭の桓公の息子・武公の助力により幽王の子・平王が洛邑に周を再興します。東周の始まりであり、春秋時代の始まりでもあります。

本短編集の中で、唯一、続きものとして楽しめる作品です。

鳳凰の冠

晋の悼公に仕えた、羊舌氏の叔向が主人公です。時代としては斉に晏子、鄭に子産、宋に向戌、楚に伍挙がいる名臣・賢臣の時代です。夏姫の娘が出てきて、叔向と結婚しますが、史実かどうかは分かりません。

2011-04-28

ファンタジーが生まれるとき — 『魔女の宅急便』とわたし (角野 栄子) を読む

ファンタジーが生まれるとき―『魔女の宅急便』とわたし (岩波ジュニア新書)
角野 栄子

400500492X
岩波書店 2004-12-21
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「ファンタジーが生まれるとき」は「魔女の宅急便」の著者として有名な角野栄子さんによる半自伝です。岩波ジュニア新書として刊行されていますが、内容はぐっと大人向けです。

自伝の始まりは、角野さんが幼い頃に母親を亡くした所から始まります。後の幼少期の体験が、後の作家活動において大きな影響を与えたようです。角野さんは、大きくなってすぐに作家になったわけではありませんでした。英文科を卒業。結婚。1960 年にブラジルへ移住! 2 年後に世界を回って帰国。

帰国後、大学時代の恩師からブラジル暮らしについてノンフィクションを書くことを持ちかけられます。角野さんの最初の本がノンフィクションというのは驚きです。この本は 1970 年に出版されます。その後、しばらく出版からは離れ、ようやく出来上がった作品を持ち込んで出版したのが 1977 年。それからは 1, 2 年に一冊のペースで出版し、1985 年「魔女の宅急便」が出版されます。

本作の出版は 2004 年。「魔女の宅急便」シリーズは全 6 巻で完結しますが、2004 年時点では 4 作目までしか出版されていません。

印象に残ったこと

角野さんが、イギリスの作家ルーシー・ボストンさんの館を訪ねたこと。ボストンさんはグリーン・ノウという児童文学シリーズの作者さんで、私は大ファンなのです。とても羨ましい。

もう一つ、角野さんが作家フィリップ・ピアスさんとお会いしたこと。ピアスさんは「トムは真夜中の庭で」の作者です。そのピアスさんの言葉が印象的。

「ちょっと、見て、あそこ」と草地の果てにある沼を指さした。

あまりにいいお天気だったせいかもしれない。突然沼から霧が立ち上がり、沼のわりの木がうすくかすんできた。その間にも、霧は湧き出すようにひろがり、濃くなっていく。こちら側は信じられないぐらいにお日さまのぴかぴかした光に包まれているのに、むこうはぼーっと暗い。じっと見ていると、ピアスさんがつぶやくようにいった。

「ああいうところから物語って生まれてくるのよね」

他に三つ、付箋を貼ったところがあるので箇条書きで引用します。

  • 「あなただけの本」といって抱きしめるような本に出会うことが難しい時代なんて、本当になんていったらいいのだろう (p.28)
  • 私は自分のために書いているのだ。ワクワクするような時間を持ちたい。そう思ってずっと一人で書いてきたのだった (p.31)
  • あのときが物書きの出発点になっていたら私の人生も相当効率のいいものになったかもしれない。残念だけど、私のストローはねじれていて、ジュースがまっすぐにのぼってこなかった。でもどんなものにも何がしかの贈り物はあるものだ。ねじれたストローにもあったと思う。それは回り道という贈り物だった (p.69)

あとがき

英文学科時代の話には、カポーティ、モーム、マッカラーズといった名前が挙がります。対象読者はもしかしたら、「魔女の宅急便」を読み聞かせるお父さんやお母さんなのかもしれません。