2010-01-17

魔物 (スマーグ) は歌わない (山本久美子)

「魔物 (スマーグ) は歌わない」はジャンプ SQ (2010 年 2 月号) に掲載された山本久美子氏の読み切り短編です。O・ヘンリーの短編に「賢者の贈り物」がありますが、それのファンタジー版のような素晴らしい作品です。正直ジャンプ SQ は立ち読みで済ましているのですが、私はこの短編一つのためにジャンプ SQ を買いました。

あらすじ (ネタバレ)

姉妹イリアとクロエの物語。二人は親を亡くしながらも力を合わせ慎しく生きていました。

ある日、一頭の魔物 (スマーグ) が村を襲います。村は全滅。姉のイリアは気絶したクロエを抱えてスマーグに命乞いをします。「殺すなら…私だけにして!」それを聞いてスマーグは笑い、契約を持ちかけます。三年の時間をやるから、その間妹を含む全ての出会った人間に嫌われ、最後にその身を捧げること。スマーグは契約を守った人間から、力を得ることができるのです。その代わりに一つ約束を守らねばなりません。イリアの提示する約束は、妹を殺さないこと。イリアは妹のために契約を結びます。

しかし、クロエはその話を聞いていました。疲れ果てて眠る姉に子守歌を歌う彼女。そんな子守歌を聞きつけて、別のスマーグがやってきます。「…今のは何なんだ? もっと聞いていたい」。事情を知ったスマーグは契約を持ちかけます。契約は三年間『声』を捧げること、そして約束は三年後に二人を守りに来ること。クロエは姉のために契約を結びます。

ようやく別の村に辿り着いた二人。新しい生活の始まりです。ですが、それは辛い生活の始まりでもありました。イリアは村人に、妹に、嫌われようと努めます。「皆優しくて素敵な人ばかりだから、怒らせるのも一苦労」。特にクロエには「なかなか嫌ってくれないから…、どうしようかと思ったよ…」。

事情を知るクロエは姉を庇い続けます。「お姉ちゃんの役に立つんだ、大きくなったらきっと…!」「いつになったら役に立てるの? お姉ちゃんを助けたいのに…」「これからは私がお姉ちゃんを守らなきゃ…」。二人を預かる食堂兼宿屋の主人は、しかし、イリアを追い出すことを決めてしまいます。

その日こそ、イリアがスマーグと交した契約の終わる日でした。上空に現れるスマーグ。イリアは言います。あれはこの村を無くしに来たのだと。それが契約なのだと。村人は怒り、イリアに石を投げつけます。イリアめがけて飛んで来るスマーグ。イリアの目的が達成されようとした瞬間でした。

クロエは、イリアの最後の言葉を聞きます。「毎日苦労ばかりして…! いつも我慢していた!! 役立たずで…歌も下手だし! ずっとあんたのことが…大嫌いだった」。イリアが放つ最後の嘘。そしてイリアの最後の本当の言葉。「でも…あんたとももうこれまでよ」

クロエは飛び出し、イリアの腕を握みます。無力ながらイリアを助けようというのです。「何で来るのよ!? 全部台無しになっちゃう」。焦るイリア。抱きつくクロエ。もう、間に合わない。悟ったイリアは庇うようにクロエを抱きしめてスマーグの盾になろうとします。

スマーグが二人を食べようとした時、間に少年が割り込みました。少年はクロエに言います。「約束を守りに来たぞ、クロエ。3 年間よく耐えた」。涙をこぼすクロエの前で、少年はスマーグとなり、イリアと契約したスマーグを倒します。3 年間、契約により奪った『声』から力を得ていたスマーグにとって、イリアとの契約を完了していないスマーグは敵ではなかったのです。約束を守ったスマーグは、クロエから『声』を奪うことを止めます。そして「また聞かせてくれよ、お前の歌」と言って姿を消します。

イリアはクロエを抱きしめて言います。「…ゴメンね、辛かったでしょう。これからはちゃんと私が守るからね…」。そんなイリアにクロエは「……違う…」と返します。「辛い思いしてたのはいつもお姉ちゃんの方だった…。もう一人で頑張るのはやめて…! 私だって力になるから…!」。

「これからは力を合わせて歩いていける。二人一緒に」そう確認した姉妹は、村人達の元へ戻るのでした。

感想

上の「あらすじ」は、マンガを時系列に沿って直したものです。「スマーグは歌わない」は、少年がイリアとクロエの居る食堂にやって来るところから始まります。そして、クロエとイリアが紹介され、過去の回想が入り、クロエがイリアを庇う理由が分かって... という構成です。前半、イリアは悪女としてでしか描かれていません。

一回目読んだ時は、上手く伏線を回収して、めでたしめでたしの良い作品だと思いました。

しかし、二度・三度と読み直すと、ぐっと味が出てきました。読み返すほどに心に響くのです。

クロエの側に立てば、姉が嫌われ役を買って出ている辛さ。自分の思いを伝えられない辛さ。姉に「契約違反」をさせれば、すぐにでもスマーグが姉を襲いに来るであろう恐怖。助けは三年経たないと来ない焦燥。そんな中、姉を庇い続ける努力。これらを思うだけで涙がこぼれてしまいます。特にイリアに「役立たず」と言われることが、どんなに辛かったか! だって、辛い思いをする姉を庇いきることも出来ず、そして姉と契約したスマーグと戦う力も持たない、そういう意味で本当に「姉にとって役に立たない」妹なのだから。

一方イリア側に立てば、心優しい人達を傷つける辛さ。最愛の妹をいじめる辛さ。そして最後に待っているのが「自分の死」という辛さ。もう泣けてきます。特にスマーグとの契約を終える最後の日、クロエが自分のために土下座までしている姿を見て、どれほど辛かったことでしょう。そこまで好いてくれる妹をつき放すのは、どれほど心を痛めたことか!

もう、心の中はグシュグシュです。

あとがき

読み返して、泣きました。最近サマーウォーズで号泣したことといい、どうやら「家族」を守るという展開に守備力 0 になっているようです。でも、まあ、そんな自分を嫌いではないですけどね。

ジャンプSQ. ( スクエア ) 2010年 02月号 [雑誌]
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