2011-03-08

ユーフォリ・テクニカ — 王立技術院物語 (定金 伸治)

ユーフォリ・テクニカは、歴史ファンタジーを主戦場とする定金伸治氏が書いた SF。ユーフォリ・テクニカを訳すと「技術陶酔家」。実験系の研究室を出た人なら、きっと膝を打って楽しくなる一冊です。

ユーフォリ・テクニカ―王立技術院物語 (C・NOVELSファンタジア)
定金 伸治 椎名 優

412500966X
中央公論新社 2006-12
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本書の舞台は、「電気」ではなく「水気」と呼ばれるエネルギーが生活を支えているパラレル・ワールド。時代は十九世紀末。主人公は、「水気」に興味がある科学者希望の少女エルフェール (職業・王女)。エルフェールが入る研究室は東洋人として初めて王立技術院に赴任してきたネル。

ストーリーは、水気の基礎研究を軸に進みます。基礎研究というのは、すぐさま実用化されない研究の総称と思って下さい。基礎研究は、後の応用研究を経て実用化に至るために必要な「前段階」の研究で、研究時には応用方法が確立されていることなど稀なため、「その研究に意味があるの?」と一般人に突っ込みを入れられがちです。でも、そういった基礎研究の積み重ねの上に「実用」があるんだと知っておいて下さい。

エルフェールの研究は、いわゆる修士大学院生が行なう様な研究です。大低の場合、最先端の研究は大量の知識と技術を要求されるので、院生一人ですぐに行なえるわけではありません。そのため、教授や助手が研究の指針を示したりサポートしたりします。

エルフェールには王女といった身分的な問題があり、ネルには東洋人という偏見に関する問題があります。エルフェールは周りのみんな、そしてネル自身に「自分が研究をやりたい」と伝えなければならないという困難が、ネルには新任教授として周りと協調しなければいけないわずらわしさと、その中でエルフェールという「変わり種?」の研究員を守る仕事が立ちはだかります。程度は小さいですが、新しい研究室に入るとこういった問題は常につきまとうものです。研究というのは、本当に一人でやるのではなく周りに仲間を築くことから始まるのですね。この作品は、そういう研究者人生的な問題をしっかり丁寧に、そしてちょっとハッチャカメッチャカに描いているので面白いです。

結局、エルフェールの研究は「花火」の作成になります。「水気」のエネルギーの指標として「花火」というわりかし身近な題材が使われているのが、このパラレル・ワールドの特徴です。より大くの水気エネルギーを取り出すとより大きな花火が作れ、より純粋な水気エネルギーを取り出すことが出来れば、高エネルギー (短波長) な光を得ることができます。光の波長は、赤が一番長く、橙、黄、緑、青、藍、紫という順に高エネルギーに (波長が短く) なります。この作品では、緑色の光までは出せていますが、青・紫といった光は研究室レベルでも出ていません。エルフェールは、緑色の、あわよくば青色の光を発つ「花火」を研究課題とします。

さて、より純粋な水気エネルギーを得るには、高い真空度が必要とされています。ここで「真空にひく」という作業が出てくるのですが、実験系の人ならご存じの通り、真空というのは簡単には作れません。要は空気を抜けば中は真空になるわけですが、真空に近づけば近づくほど、空気の抜き口から逆に空気が入り込もうとするので色々な技術が必要になります。そして、普通の空気を真空に近づけようとすると一日とか二日とか、そういう単位で時間が必要になります。その間、機械のチェックもしないといけないので大変なんです。エルフェールの世界でも事情は同じで、王女様なのに徹夜があたり前になります。

「水気」というエネルギーは SF のネタでしょうが、実験における描写がとても忠実。それがこの作品の魅力です。私は J. P. ホーガンのハード SF「星を継ぐもの」で物理学に進んだと言っても過言ではありません。その理由は、「星を継ぐもの」が科学者としての理想像を上手に描いていたからです。ユーフォリ・テクニカは実験系科学者の泥臭い研究生活を上手に描いています。それはもしかしたら、学部に入る前の人間にとっては面白くないかもしれません。でも、実験系の研究室を出た人なら引き込まれること間違いなしです。

物語のクライマックスは、各国が威信をかける万博での花火大会。エルフェールらの研究は世界を相手に通用するのでしょうか。お楽しみに。

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