ハード SF の巨匠ジェイムズ・P・ホーガン (James Patrick Hogan) 氏が、2010 年 7 月にアイルランドの自宅で亡くなったとのこと。氏は 1941-06-27 生まれ。69 歳でした。
私見ですが、ホーガン SF の最大のアイデンティティは「明確な敵」が存在しないことだと思っています。SF でも何でもそうですが、敵を設定すると物語が作り易くなります。推理小説における「犯人」、スターウォーズにおける「帝国」、エヴァンゲリオンにおける「使徒」。敵の正体が不明であれ、明確であれ、「敵」が存在するというだけで物語世界の構図が一気に分かり易くなります。
しかし、ホーガン氏は一慣して「明確な敵」を描くことを排していたように思います。例えば、彼の処女作にして代表シリーズの一作目「星を継ぐもの (Inherit the Stars, 1977)」のジャンルは推理ハード SF でした。主人公は科学者達。対するは「犯人」ではなくて、「月で宇宙服を着た遺体が発見された。遺体は死後五万年を経過していた」という「謎」です。
謎を解くために、科学者達は派閥に分かれます。ハント博士を中心とする物理学的見地からのグループ。ダンチェッカー教授を中心とする生物学的見地からのグループ。一方が一つ謎を解決すれば、もう一方がその「解」では説明できない問題を見つけて来る。彼らは対立こそしているものの、一つの大きな謎を解くためのライバルであって敵ではありません。果たして月の遺体の正体は何なのか? それは本を読んで頂くことにして...
星を継ぐもの (創元SF文庫)
ジェイムズ・P・ホーガン 池 央耿
この明確な敵を持たない構図というものは、「星を継ぐ者」シリーズで守られ続けます。第 3 部「巨人たちの星」では敵のような存在も現れますが、物語の主題は「敵」が攻勢を取るようになった理由であり、結局、最後に科学者たちが闘うべきは「何故?」という問題です。
敵を持たない物語は作るのが難しい反面、誰かを傷つけるというストレスがありません。実際の社会なんて、そんなものが多いんじゃないですかね? 「敵」と思いこんでいるだけで、本当は解決すべき課題を別ルートから追い求めているライバルなだけだったとか。そんなにライバルを敵のように憎む必要はないのだとか。
ホーガン氏の SF を読むと、いつもそんな気分にさせてくれます。だから、私はホーガン氏の SF が好きで読み続けてきたし、これからも読み続けたいと思っていましした。しかし、ホーガン氏の新作を読むことはもう出来ません。とても悲しいことです。
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ホーガン氏の翻訳本へのリストは (全てではないかもしれませんが)、ホットコーナーの舞台裏さんのリストが詳しいです。
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