気球に乗って五週間 (集英社文庫J・ヴェルヌコレクション)
ジュール・ヴェルヌ 手塚 伸一
集英社 2009-04-03
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SF の祖
SF 小説の祖を誰に求めるか? この議論は簡単そうで難しいものです。極論には天地創造を含む「聖書」を SF の祖と呼ぶ人もありますし、もう少し一般的にはスウィフトのガリヴァー旅行記を最初の SF 小説と呼ぶ人もあります。
しかし、大方の意見ではフランスのジュール・ヴェルヌ (Jules Verne, 1828-1905) とイギリスの H. G. ウェルズ (Herbert George Wells, 1866-1946) の二人を「SF の父」と呼ぶのがならいとなっています。
ウェルズは 1863 年刊行の「気球に乗って五週間 (Cinq semaines en ballon)」を皮切りに年二冊のペースで SF 小説を書き続けます (幾つかの作品は分冊で刊行)。そして、生涯に渡り 80 冊近い SF 小説を残しました。これらの SF 小説を総称して、「驚異の旅」シリーズと呼びます。つまり、「気球に乗って五週間」はヴェルヌの出世作であり、「驚異の旅」シリーズの第一作目であり、そして記念すべき「SF の祖」的な作品なのです。
気球に乗って五週間
本書は、探検家にして科学者のサミュエル・ファーガソン博士を主人公に、親友にして射撃の名手ディック・ケネディと忠実な召使いジョーの三人が、気球に乗ってアフリカ大陸の横断を果たすというものです。このストーリーだけを聞くと、SF 小説というより冒険小説という感を強く持ちます。しかし、本書の発売年が 1863 年ということを忘れてはいけません。
ヴェルヌのアイデアがつぎ込まれた最新鋭気球「ヴィクトリア号」。そして未知の大陸・アフリカ。リヴィングストンによる第一次アフリカ横断が 1856 年であり、この時ナイル川の水源はまだ探求されていません。その探求のためリヴィングストンが三回目のアフリカ探検にのぞんだのは 1866 年であり、1873 年、彼は旅の半ばでマラリアに倒れて亡くなります。
つまり本書刊行時、アフリカはリヴィングストンの探検により「暗黒大陸」のヴェールを脱ぎ始めたばかりの未知の土地でした。
「気球に乗って五週間」の素晴らしい点は、リヴィングストンを始めとした多くの (非業の死を遂げた) アフリカ探検家達の業跡を踏まえつつ、徒歩ではなく「気球」という科学技術を使ってアフリカ探検、そしてナイルの水源発見を行なうという点です。当時で言えば、近未来 SF 活劇であったでしょう。
ヴェルヌの作品らしく、前半は科学技術・地理知識の講議を巧みに会話に取り入れて読者を 1860 年代の世界へ誘います。気球の旅は最初は順調に。そして、原住民との対立・鳥による気球の損傷・ガス洩れといったトラブルで物語を盛り上げて、クライマックスを迎えます。(単調そうな) 気球の旅に様々なアクセントを加えているストーリー運びが見事です。
最後に主人公ファーガソン博士の言葉を二つ引用しましょう。
一つ目は、ファーガソン博士がロンドン王立地理学協会の席に初めて立った時の台詞です。ファーガソン博士の言葉はたった一言のラテン語でした。
「エクセルシオール (より高く)」
二つ目は彼がときどき言う言葉です。
「わたしは、わたしの道をゆくのではない。わたしのあとにできるのがわたしの道なのだ」
まるで、ヴェルヌ自身が「驚異の旅」シリーズ、ひいては SF 小説が「気球に乗って五週間」の後に続くと予言しているようではありませんか!!
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