「鼠屋敷の夜話」はジャンプ SQ (2011 年 04 月号) に掲載された山本久美子氏の読み切り短編です。山本さんは、ジャンプ SQ 2011/2 月号に「魔物 (スマーグ) は歌わない」を発表し、絶賛を博しました。あれから約一年振りの新作短編となります。
「魔物 (スマーグ) は歌わない」は、私の心をグシャグシャにするほど感動させてくれました。今でも読み返すと涙がこぼれるほどです。
今回の「鼠屋敷の夜話」は、「魔物〜」から辛さと姉妹愛を引いて少年・少女の甘酢っぱさを加えた作品に仕上がっています。
あらすじ (ネタバレ)
主人公・桃原咲は化物に追われ、屋敷の中へと逃げ込み気を失います。そこは「化物屋敷」として有名な家でした。目が覚めた咲は、最近「化物屋敷」に引っ込してきたという灰塚孝に手当てを受けます。翌日、咲と孝は高校の入学式で再会を果たします。
咲の周りに度々現れる化物の影。化物は言います。「覚えてるでしょ?」
咲は小さい頃、お母さんを交通事故で亡くしていました。そのとき、彼女は「突然会えなくなるなんて思ってもみなかった」「『ありがとう』って言えなくなるなんて思ってもみなかった…」と悔やみます。雑木林に入っては、一人でこっそりと泣いていました。そんな時、孝と出会います。孝は言ってくれました「俺がお前を守るから だから…安心しろ」
しかし、幼い咲にとって母親を喪くすことは孝との出会いでも癒すことのできないものでした。死を、孤独を、後悔を怖れる心に惹かれて化物が襲ってきます。化物に襲われた時、救ってくれたのは孝でした。彼は退魔の一族だったのです。ですが、化物を追いはらう孝の姿は咲にもっと大きな恐怖を与えます。「恐怖」に惹かれる化物から逃れるため、孝の祖父は咲の記憶を封印します。それは孝との思い出を忘れることも意味していました。
孝は思います。「あんなに怖い事があったんだ」「思い出さない方が良い」。そんな孝に咲は言います。「言わずに後悔するくらいなら 頑張った方がいいから…」母を喪くした心が言わせた台詞でした。その言葉は孝に鋭く突き刺さります。過去、咲を救った時、咲が自分に向けた恐怖の目と、再び向き合う勇気がなかったからです。
化物は咲の前に再び現れる様になりました。孝の祖父が死んだことで、咲にかけられた封印が弱まっていたからです。咲が三度化物に襲われた時、孝が現れ化物を退治します。咲は、そこで、過去の出来事を総て思い出します。自分を守ってくれると言ってくれた少年を。化物を退魔する少年の姿に怯えた自分自身を。そして、今、退魔を行なう少年が「怖くて… 恐しかった」事実を突きつけられます。そんな咲に背を向けて孝は言います。「…もう 大丈夫だから 安心して帰れよ」。
翌日、咲が孝の屋敷を訪ねます。どんなに孝を恐いと思っても、「孝ちゃんはいつも私を守ろうと頑張ってくれてたんだ」ということが分かっていたからです。そして、『言わずに後悔するくらいなら』、辛い思い出から得た教訓を勇気に孝へと伝えます。「ありがとう…」「また私と友達になってくれますか?」
孝は咲が好きでした。だからと言って、「言わずに後悔するくらいなら」と思うほどの勇気はありませんでした。「そんなの言えるわけないだろ… …まだ…」「今はこれで充分だ」。二人は一緒に学校へと向かいます。
感想
何? このハートウォーミングでドキドキなボーイ・ミーツ・ガールなおはなし。赤面して床の上を転がり回りたい。また、山本久美子作品にやられてしまいました。
さて、もう少し分析的に感想を。山本さんはプロットの作り方が巧みですね。メインの主人公とサブの主人公を二人用意し、各々にちゃんとした「過去」を持たせています。これは二人のキャラクターに厚みを持たせることになります。過去はトラウマであったり、喜びであったり、乗り越えるべき試練であったり、そして二人の接点であったりします。「二人の接点」を描くのは物語上必須としても、それ以外の過去を描いた上でストーリーの中に自然と挿し込んで行くのは難しいことです。これを見事にこなしてしまう所が山本さんの真骨頂と言えるでしょう。
結果、読者としては二人の主人公のどちらにも感情移入できる様になります。つまり、今回の場合は咲と孝ですね。ほとんどの人は「咲」を主人公として読むと思いますが、もう一度、今度は「孝」側の視点に立って物語を読んでみて下さい。ニヤニヤが止まらなくなります。
これは「魔物〜」の主人公姉妹イリアとクロエでも取られていた手法です。どうやら、山本さんは主人公を二人置いて、彼らが二重螺旋を描く様にストーリーを展開するのが得意の様子。次作も非常に楽しみです。
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