2015-02-05

物理学科卒が楽しめる SF 小説

友達に「物理科卒の僕でも面白いと思える SF 小説を教えて」と言われました。題名だけ挙げるのも探しにくかろうし、自分のコメントを添えたらそれなりの文量になるので、ブログの記事にすることにしてみました。Kindle 版がある場合は Kindle 版へ、ない場合は文庫版へリンクを張ってあります (Kindle 版が欲しくない場合は、サイト内に文庫版のリンクがあるので辿ってください)。

選んだのは 10 作品。順不同です。基準は初めて SF に読む人にも親しめる作品としています。

星を継ぐもの by ジェイムズ・P・ホーガン

研究者 SF の傑作。

近未来。月面で宇宙服を着た死体が発見されました。科学的測定の結果、死後 5 万年という信じがたい事実が判明します。死体は異星人なのか。先史超古代文明なのか。それとも? 謎を解くべく集められた各分野の第一人者たち。やがて、科学者は二つの分派に分かれます。物理学者ハント博士をリーダーにする集団と、生物学者ダンチェッカー教授をリーダーにする集団です。お互いが、自説をくり広げ、相手の矛盾をつき、自論の穴を埋め、そして助け合う。

この小説に悪人は出てきません。登場人物たちは、皆、謎を解かんとする研究者たちばかり。人間ドラマだけで十分に面白い SF が作れる好例です。

続編「ガニメデの優しい巨人たち」「巨人たちの星」は、本作で友情を築いたハント博士とダンチェッカー教授が、今回の謎の延長線の出来事に力を合わせて立ち向かうもの。一気に三作まとめてどうぞ。シリーズ最終巻「内なる宇宙」は、「巨人たちの星」発刊後、十年経ってから出された待望の続編。SF のディープさが強めに出ている作品です。

ファウンデーション by アイザック・アシモフ

未来史 SF の傑作。

アシモフの未来史シリーズの中でも傑作とされる「ファウンデーション三部作」(ファウンデーション、ファウンデーションと帝国、第二ファウンデーション) です。

時は数万年先の未来。人は銀河帝国を築き、銀河系を支配していました。しかし、人類を統計学的に扱う「心理歴史学」をひっさげて登場したハリ・セルダンは、銀河帝国はやがて崩壊し一万年の暗国時代を迎えると予測します。セルダンは帝国に更迭され死を迎えることになりますが、その前に 2 つのファウンデーションを銀河の両端に置きました。暗黒時代は避けられないけれども、一万年を千年に短くすることはできる。そのために、人類の科学知識を一か所に集めた科学者集団「ファウンデーション」を設立したのです。

三部作の前半は、辺境の地にあるファウンデーションが力を増してゆく過程を描きます。後半はミュータント・ミュールの物語。人類を統計学的に扱えるのは、いかに優秀な人間であろうとも、銀河系全体に広がる人類総数から比べれば逸脱した存在となりえないから。ところが、「心理歴史学」の根幹を揺るがす存在が登場します。それがミュータント。ミュールはその超常的な力で新勢力を一代で形成し、ファウンデーションを瓦解させます。しかし、ハリダンは言いました 2 つのファウンデーションを置いた、と。第二ファウンデーションは存在するのか? 存在するなら、どこにあるのか? ファウンデーションの残党とミュールによる第二ファウンデーション探しが始まります。

SF ミステリーとしても優秀な作品です。

夏への扉 by ロバート・A・ハインライン

タイムトラベル SF の傑作。

SF でオール・タイム・ベストをとると、常に上位に入ってくる不朽の名作です。猫が好きで、女の子とのロマンスも欲しくて、タイムトラベルものの SF が好きなら、なにも迷う必要はありません。

難しい科学者も、頭を痛める歴史学もミュータントも出てきません。ちょっとの不幸と裏切りに立ち向かう青年を描いた作品。題名の通り「夏への扉」が開くような、爽やかな読後感があります。この読後感こそ、オール・タイム・ベストに君臨し続ける理由なのかもしれません。

エンダーのゲーム by オースン・スコット・カード

軍事 SF 極まれり。

異星人の大規模侵攻により大被害を受けた地球。来たるべき第二次大規模侵攻に向けて、少年たちは人類の存続をかけた軍事トレーニングを受けます。天才少年エンダー・ウィッギンの活躍を描いた作品。

最近、映画化されましたが (不安的中といいましょうか) 非道い出来でしたね。

長編一冊。ボリュームがありますけど、主人公の心情・脇役たちの姿をしっかり描いています。ストーリーテラーと言われたオースン・スコット・カードのがっしりした構成力に支えられた文章に時間を忘れることでしょう。個人的には旧訳の少しぶっきらぼうな文体の方が好きなのですが、それは言っても仕方のないことですかね。

続編「死者の代弁者」も名作ですが、より SF 色を濃くして活劇が少なくなっているので、「エンダーのゲーム」と同じノリで読むと調子を崩します。もし読むなら、ある程度、濃い SF になじんでからがおススメです。

タウ・ゼロ by ポール・アンダースン

特殊相対論を味付にした傑作。

有人による恒星間飛行。そのために光の速度に向かって加速を続けてゆくスペース・シップ。特殊相対論に従って、光の速度に近づくごとに、船は重くなり、船内の時間はゆるやかになってゆきます。そして、中間地点。エンジンを逆にして減速する予定でした。ところが、まさかのエンジン・トラブル。減速することができなくなってしまう緊急事態。

果たして、目的の星に着く前に解決方法は見つかるのか。クルーは長旅の果てに何を見るのか。

執筆当時、内容があまりに「最新科学」すぎて読者をおいてきぼりにしてしまったそうですが、今なら常識!? ラスト・シーンの素晴らしさを十分に楽しむことができるでしょう。

アルジャーノンに花束を by ダニエル・キイス

どうやったら、こんな作品が書けるんですか?

SF 大会でアシモフが作者ダニエル・キイスに聞いたとされる言葉です。キイスは「私もそれが知りたい。またこんな作品を書きたいのでね」と返したとか。後に映画化された時の邦題は「まごころを君へ」。この邦題は、多くの SF 作品をオマージュとして使った「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版最終話のサブタイトルとしても使われました (ちなみに TV 版最終話はハーラン・エリスンの短編「世界の中心で愛を叫んだけもの」)。

それほどに影響の大きかった作品です。

一人の青年が天才になってゆく過程。彼の変化を驚き喜んでいた周囲は、やがて自分達の想像を越えた天才と化す青年と向き合うのが辛くなってゆきます。そして、自分の「先」が分かってしまった青年の苦悩。とても悲しくて美しい物語です。

あなたの人生の物語 by テッド・チャン

これが SF です。

今回紹介する中で、唯一の短編集です。どの短編も SF の結晶です。SF が知りたい? なら、テッド・チャンを読めばいいよ。「あなたの人生の物語」を読めばいいよ。本書が出てから、こう言えるようになりました。

一編だけ紹介しましょう。「バビロンの塔」。ご存じ、「バベルの塔」のことです。旧約聖書の創世紀では、天にも届く塔を人間が作ろうとして神の怒りを買ったとされています。これは、ユダヤ教やキリスト教のお話。では、その「バベルの塔」を (バベルの塔が建ったとされる) バビロン神話に持ちこんだら? バビロンの神々はバビロンの塔を壊さないでしょう。塔は天に届くまで建設が続くでしょう。そうしたら、何をする? 何が待っている? その答えを本短編の主人公が教えてくれます。まず思いつきが凄いですし、バビロンの塔を上る描写が素晴らしいし、主人公の目的にまたびっくり。

表題作の「あなたの人生の物語」は涙なしに語れない。

マルドゥック・スクランブル by 冲方 丁

SF でカジノ。

日本人作家が SF で世界に飛び出して、ヒューゴー賞を狙えるレベルの作品を書いた。本書を読み終わった時の感想です。

三冊に分かれていますが、「マルドゥック・スクランブル」という本を三分冊しただけです。主人公バロット、相棒ウフコック、仲間のドクター・イースター。64 口径リボルバーをあやつる敵役ボイルド。魅力的な人間ばかりです。

この上に、この世界でも最新にして違法な SF ギミックを搭載する法律「マルドゥック・スクランブル-09法」が上乗せされて、SF 活劇が華々しくなるわけですが、本作の読みどころはカジノ!! SF でカジノ? SF でカジノです。テキサス・ホールデン (ポーカー)、ルーレット、そしてブラックジャック。SF ギミックを使ったイカサマ入りのポーカー勝負も面白いのですが、カジノの最終関門アシュレイとのブラックジャック勝負は SF の高みを見せてくれる名勝負。カジノ・シーンだけで、2 巻の後半から 3 巻の中盤までひっぱる大ボリューム。白熱しない方が無理ってもんです。

新世界より by 貴志 祐介

千年後の日本より。

貴志祐介という作家は、表面上は歯車の合った素敵な「日常」を描きつつも、裏に潜む「悪意」を描くのが上手いと最近思うようになりました。それは「悪の教典」における教師だったり、「新世界より」における SF 的な世界観だったりするわけです。サイコ・スリラーでも SF でも、傑作を書けるというのは稀有だと思います (それを言うと、冲方丁はバリバリの SF を書いた後に時代劇を書いていて更に訳が分かりません)。才能すごすぎです。

というわけで、千年後の日本。サイキック (主にテレキネシス) が日常生活にとけこみ、バケネズミという人工進化させたネズミとの共生 (?) 関係を営む主人公たち。でも、テレキネシスを持つということは、簡単に犯罪が行なえるわけで、子供たちの知らないうちに「させない仕組み」が出来上がっていて、やがて歴史の中へと沈み大人たちも知らなくなってゆく。そんな未来で「歴史」という見えない歯車がついに壊れ始めるのが本書の読みどころ。

主人公たちの子供時代を描いた第一部が壮大な序章で、大人になってからの第二部が本編というところでしょうか。過去レビューもあわせてどうぞ。

ユーフォリ・テクニカ 王立技術院物語 by 定金 伸治

研究者 SF。

最後はちょっとライトノベルというかジュブナイルな SF です。「星を継ぐもの」と同じく、本書も研究者が主人公ですが、前者が大人な研究者たちの「研究」を描いていたのに対して、後者のこちらは研究者のたまごが研究室で「実験」している姿を鮮やかに描いたものとなっています。

一つの実験をするために、準備機器を購入して整備して、使えるようにマニュアル読んで、準備する。実験の方向性を定めるために数多くの論文を読んで、研究の背景を知る、未研究な分野を知る、論文の不備を他の論文から知る、自分たちの持てる機材・技術・時間、そしてお金で出来ることを考えて、実験計画を立て、試行を繰り返して、それでも良い結果が出なかったり。実験系の研究室にいたことがあれば、そうそうと頷くことしきりな作品です。

時代設定も面白くて、十九世紀末。研究の主題は「花火」の作成。そこに万博といった発表会の機会が巡ってくるんです。ライトタッチな作品ですが、もっと評価されても良いと思うので紹介します。

あとがき

面白い SF は沢山あって、リストアップしていったらいくらでも並んだので 10 に絞り込みました。それでもコメントを書き出すと止まらなくなりました。

古典な SF 作家として、スウィフト、ヴェルヌ、ドイル、ウェルズも紹介したかったですし、黄金時代の作家ではクラーク、シマック、ヴォークト、ディック、スタージョン、ベクター、コードウェイナー・スミス、ポール、ニーヴン etc. も紹介したかったです。最近では、ティプトリー Jr、スターリング、ブリン、シモンズ、ウィリス、ミエヴェル、上田早 etc. も紹介したかったですね。

すみません。思いつくものは多いですけど、十本紹介するだけで精一杯でした。面白かったら、コメントください。

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