先日、スティーブン・キングの「呪われた町」を読みました。1975 年に出版されたキングの長編第二作。現代に吸血鬼が現れたら、というストーリーを上手くホラー小説にまとめ上げた一品です。吸血鬼を殺すには心臓に杭を打つ、吸血鬼は招かれないと家の中に入れない、十字架は有効だが信仰がないと力が発揮されない... と吸血鬼の「規則」に則った上で現代風なアレンジが利いています。
さて吸血鬼といえばドラキュラ。ドラキュラ以前・以後にも吸血鬼をあつかった小説は多いです。ドラキュラ以後の作品は「呪われた町」を含め沢山あるので脇に置いておいて、興味があるのはドラキュラ以前の作品。ところが Wikipedia の吸血鬼を題材にした作品の一覧には小説の出版年がありません。
この「呪われた町」集英社文庫・新装版の解説はドラキュラ以前の吸血鬼の小説が詳しい。これは! と思ったので、メモ代わりにまとめてみます。
なお、吸血鬼の小説については下記ウェブページも詳しかったので、併せて参考にしました。
「吸血鬼ドラキュラ」以前
- 1819: 「吸血鬼」 ジョン・ポリドリ
- 1847: 「吸血鬼ヴァーニー」 トマス・プレスケット・プレスト
- 1872: 「吸血鬼カーミラ」 ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ
- 1897: 「吸血鬼ドラキュラ」 ブラム・ストーカー
最初の吸血鬼小説はジョン・ポリドリの短編です。ポリドリは詩人のバイロン卿の主治医兼友人だったとのこと。1816 年 5 月、ポリドリとバイロンはスイスのレマン湖畔にある別荘ディオダティ館に滞在していました。そこに詩人のパーシー・シェリーとその愛人メアリー (後に結婚してメアリー・シェリーとなる) がやって来ます。ここからは解説をそのまま引用します。
暇つぶしにそれぞれ怖い話を書こうという話になり、この競作ゲームから、二つの歴史的な名作が誕生した。一方がメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』、他方がポリドリの「吸血鬼」。世界三大モンスターのうち二つが、ディオダティ館の一夜をきっかけに文学の世界で花開いた
ポリドリの「吸血鬼」はそれほど出来が良かったわけではなかったらしく、そのまま消え去ります。私も未読です。Amazon で「ポリドリ」で検索すると「ドラキュラ ドラキュラ―吸血鬼小説集」という本がヒットします。レビューを読むと、本書にポリドリ作の「吸血鬼」が収録されているとのこと。
一方、メアリー・シェリーのフランケンシュタインは今でも読まれる名作になりました。
プレストの吸血鬼ヴァーニーについては情報が少なく未読です。先述のウェブページに説明があったので引用します。
この作品は868ページという大作だが、著者は明らかでなく、『ペニー・ドレットフル』なる三流週刊誌に複数の著者によって連載されていたもので、主人公ヴァーニー卿の描写にはルスヴン卿からの借用が多いと言われている。
この作品は売れたことは間違いないが完全な読み捨ての消耗品で、現在ではほとんど入手不可能となっており、そのかぎりで「幻の傑作」といわれるが、読書界での評価は当初から極めて低く、「ルスヴン卿」と同じく現在では吸血鬼小説の系譜の中で語られるだけの存在となっている。
吸血鬼小説の系譜 より引用
ルスヴン卿はポリドリの吸血鬼に出てきた登場人物です。868 ページという大作ながら「読み捨ての消耗品」と言われると、読むにも覚悟が要りますね。日本語訳はあるのかしらん?
ヴァーニーに続いて、1872 年に「吸血鬼カーミラ」が登場します。カーミラは女性です。女吸血鬼ですね。中編ですが、間伸びすることなくカーミラに狙われた女性が次第に衰弱する姿はなかなか読みごたえがあります。作者のレ・ファニュは幻想小説を得意にしていた作家で、このカーミラが代表作とされています。
そして、1897 年にブラム・ストーカーによる「吸血鬼ドラキュラ」が登場します。吸血鬼 (ヴァンパイア) の代名詞ドラキュラ伯爵。吸血鬼退治のヴァン・ヘルシング博士。ドラキュラ伯爵を追い詰めるミナ・ハーカーといった吸血鬼物では代表的面々が本作で登場しました。
ヘルシング教授は「ドラキュラ」で名を馳せて様々な作品に登場する様になります。「呪われた町」でもこんな一文が...
彼らは揃って病室を出た。廊下で、ベンがジミーの顔を見ながらいった。「マットを見てだれかを連想したかい?」
「ああ」と、ジミーが答えた。「ヴァン・ヘルシング教授を連想したよ」
呪われた町 (下) p.202 より引用
ハリウッドでは「ヴァン・ヘルシング」という映画も作られました。ヘルシング役はヒュー・ジャックマンでした。
ミナ・ハーカーはアメコミ「リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン」の主要登場人物となり、そのアメコミは「リーグ・オブ・レジェンド」という題名で映画化されました。原作では吸血鬼にならなかったミナが、映画では吸血鬼になっている不思議はありましたが...
ドラキュラの作者ブラム・ストーカーは、その功績からホラー小説・ダークファンタジー小説にアメリカのホラー作家協会が贈る文学賞の名前にもなっています (see ブラム・ストーカー賞)。
「呪われた町」に関連して
最後に、「呪われた町」の様に現代に現れた吸血鬼を描いた作品を紹介します。「十二国記」で有名な小野不由美が「呪われた町」に触発されて書いた作品として「屍鬼」。文庫版で全五巻という大長編。未読ですが、すごく有名なので読んでみたいところ。
映画では「フライトナイト」が好きです。1985 年と 2011 年に映画化されています。1985 年版では、吸血鬼を信じていなかったピーター・ヴィンセント (似非ヴァンパイア・ハンター) がお気に入りの手鏡で自分を見つめていたら、後ろを通った吸血鬼の姿が映らなくて正体に気付くオチ。良く出来ていました。2011 年版はバトルシーンが多くなっていますが、ピーター・ヴィンセントが少年時代に両親を吸血鬼に殺されていた過去を入れたり、1985 年版では主人公チャーリーに理解を示さなかった母親との関係が良い方向に修正されていたりと、細かな手直しが入っていて映画を面白くしています。笑ったのは銀の銃弾で撃たれて「銀の銃弾は狼男用だ」と吸血鬼が言い放つシーン。細かい所まで吸血鬼のルールを守っている良作です。
Masayuki Ataka 様
返信削除ソコロフの新譜情報をどうもありがとうございました。
録音嫌いのソコロフがリリース許諾したのでしょうが、どういう心境の変化なんでしょうね。
それはともかく、CDを聴くのが待ち遠しいです。
この吸血鬼の記事は面白いですね。
「呪われた町」はあいにく未読なのですが、キングは何冊か読みました。特に「デッド・ゾーン」は映画・本の両方とも好きな作品です。
「吸血鬼カーミラ」といえば、美内すずえの演劇マンガ「ガラスの仮面」のなかのお話で、主人公の一人・姫川亜弓がこの「カーミラ」を舞台で演じてました。(マニアックな話ですみません)
吸血鬼伝説を題材にした小説に、『ザ・キープ』(旧題は「城塞」)というホラー(少しSF的?)&ロマンス小説が随分昔に発売されて、映画にもなってました。
実際は、吸血鬼伝説を隠れ蓑にして太古から生き延びてきた悪の化身の話なんですが、小説は結構面白くて何度も読みました。
他にも興味のある記事がいろいろありますので、またゆっくり拝見させていただきます。
yoshimi 様
削除> ソコロフの新譜情報をどうもありがとうございました...
いえいえ。元はと言うと、ソコロフのゴルトベルクが素晴らしいという情報は「気ままな生活」で知りました。ですから、こちらこそ「ありがとう」と言うべきですね。CD、届くのが私も楽しみです。
> この吸血鬼の記事は面白いですね
ありがとうございます。そうおっしゃって頂けると、とても嬉しいです。
> 「呪われた町」はあいにく未読なのですが...
私は「デッド・ゾーン」を未読です。今調べたら、図書館にあるので予約してみました。
> 「吸血鬼カーミラ」といえば...ガラスの仮面
いやあ、私も「ガラスの仮面」の前半は読んでいるはずなのですが全然覚えていません。そうですか、姫川亜弓がカーミラを演じていましたか。「ガラスの仮面」もマニアックな作品を舞台にしますね。びっくりです。
> 吸血鬼伝説を題材にした小説に、『ザ・キープ』...
ほほう。これも面白そう。図書館で予約してみました。今は、ネットで図書館の本を予約できるので便利ですね。
> 他にも興味のある記事がいろいろありますので、またゆっくり拝見させていただきます。
ありがとうございます。どうぞよろしく。