2005-09-18

コルボ指揮、モーツァルトのレクイエム

Musical Baton レビューの三回目。モーツァルトのレクイエムについて思いのたけを書こうと思います。

モツレク。いわゆる、モーツァルトのレクイエムに私がハマったのは、ごく最近のことです。ChangeLog メモによると、2004 年 5 月 7 日にモツレクの初 CD を注文、5 月 25 日に初めて聴いたとあります。その時買ったのが、ミシェル・コルボ指揮ジュネーヴ室内管弦楽団によるモツレクの録音でした。以来、私はコルボの虜となってしまったのでした。

指揮者のミシェル・コルボは合唱指揮者出身の指揮者で、1960 年頃からずっと声楽一筋にやってきた人です。合唱指揮というのは、合唱団専門の指揮者のことですね。海外には有名な合唱団が沢山あります。例えば、ウィーン少年合唱団なんかは、国内でも簡単に CD が手に入ります。私達がよく耳にする所では、ベートーヴェンの交響曲第九番「合唱付き」などで合唱がつきますが、その合唱団のまとめ役なんかをするのも仕事の一つです。

コルボの合唱を聴くと、他の指揮者と合唱の揃い方が違うのが分かります。合唱は基本的にテナーとかソプラノのようなパートごとに数人が組んで歌っているのですが、コルボの合唱の場合、まるでそれが一つの楽器のように聴こえるのです。そのため、コルボは「合唱の神様」と呼ばれています (と、最近知りました ^^;)

コルボはモツレクを三回録音しています。一回目は 1975 年にグルベンキアン管弦楽団と合唱団と。二回目は 1990 年? (未聴)。三回目は 1995 年 9 月 24 日 の Fribourg Festival でのライブ録音で、ジュネーヴ室内管弦楽団とローザンヌ声楽アンサンブルを振っています。私が一番好きなのは、三回目のライヴ録音です。

コルボのモツレクの録音は、一回目の録音の方が「温かみがあってよい」と評価が高く、三回目は優しさがないと言われているようです。確かに、旧盤を聴くと音が柔らかく、声に安らぎがあるように感じられます。それに比べると、新盤は合唱こそ綺麗なのですが、どこか人間らしくありません。血が通っていないというんでしょうか、突き放されたような印象があります。

ただ、初めて聴いた演奏だからでしょうか? それとも、「冷たさ」が好きなせいでしょうか。そういった非人間的なレクイエムもありじゃないかと思ってしまうのです。なんか、自分が「死者」になった気になって聴く一枚、という感じで私は新盤の方が好きだったりします。

ところで、モツレクというと、モーツァルトの未完の大作という事で有名です。その後を受けて、弟子のジュスマイヤーが曲を補筆して完成させたわけですが、ここ 50 年ほど、ジュスマイヤー作の部分はよろしくないとして幾つかの「別版」が出てきました。その経緯などについては山岸氏の「モーツァルト「レクイエム」の版について」が詳しいです。

コルボの場合、旧盤がジュスマイヤー版。新盤がバイヤー版となっています。この他にも、モンダー版、ランドン版、レヴィン版、ドゥルース版などがあります。これらは、最小限の修正を加えたもの、アーメン・フーガを加えたもの、自分勝手に作曲したものなど様々ですが、どれも一クセある曲に仕上がっているので、「版」の違いを比べるのもモツレクの楽しみの一つと言えると思います。コルボ以外のモツレクについても、時間があれば書くつもりですので、お楽しみに。

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2005-09-11

刑事コロンボのテーマ曲について

mixi で、「刑事コロンボ」マニヤと言われてしまいました。何をもって「マニア」とするかは人それぞれでしょうが、自分より凄い人が居る事を知っていながら「マニア」を名乗るのはおこがましいかと思い、あえて自分をマニアとは呼ばないことにしています。刑事コロンボについて 30 分以上話せと言われれば、話しますが...

それはともかく、「刑事コロンボ」マニヤと呼ばれてしまった事は確かなので、エントリーを書くことにしました。お題は刑事コロンボのテーマ曲です。

コロンボのテーマ曲というと、コロンボ冒頭でかかる口笛のような曲を思い浮べる方もいらっしゃると思いますが、あれは違います。本来、刑事コロンボは、NBC の Sunday Mystery Movie という TV シリーズの中で放映されていました。この Mystery Movie は一時間半のミステリー TV 枠で、3、4 種類のミステリー映画をローテーションで回して放映する形式を取っていました。刑事コロンボは良作ですが、毎週放映されていたわけでも、前後編に分けて放映されていたわけでも、また不定期に作られていたわけでもないのです (人気が出た後は、不定期にも制作されましたが...)。

皆さんが「刑事コロンボのテーマ」として知っている曲は、この Mystery Movie のオープニング・テーマ曲です。原題は「Mystery Movie Theme」 (そのまんまですね ^^)。作曲はピンクパンサーのテーマ曲でも知られるヘンリー・マンシーニです。日本では「刑事コロンボ」以外放映されなかったので「刑事コロンボ」のテーマとして知られていますが、本国では Mystery Movie にかかる他のミステリー番組の頭でもかかっていたのです。

さて、そうなると「刑事コロンボ」にはテーマ曲がないのでしょうか? そんなことはありません。オリジナル曲ではありませんが、れっきとしたテーマ曲があります。それは「This Old Man (knick-knack, patty-whack)」というマザーグースです。日本語題名は「おじいさん」? マザーグースにも色々種類がありますが、これは「数え歌」の一種です:

This old man, he played one

He played knick-knack on my thumb

With a knick-knack, patty-whack

Give a dog a bone

This old man came rolling home

一行目の one を、two, three, four に、二行目の thumb を shoe, knee, door に変えながら ten になるまで繰り返し歌います。一種の遊び歌ですね。knick-knack を辞書で索くと、「おもちゃ」と出ました。patty-whack は分かりません。どうやら、囃子言葉の一つのようです。

「刑事コロンボ -- レインコートの中のすべて」によると、ピーター・フォークが口ずさんでいたものを「これはいい」とテーマ曲として使うようになったとか。コロンボを観ていると、何気ないシーンでこの曲がかかっているのが分かります。気にせずに観ていたら、きっと気付かないことでしょう。特に「新・刑事コロンボ」では、この曲が頻繁にかかっている気がします。コロンボを見る機会があったら、音楽に注意してみて下さい。

といっても日本人はマザーグースを知らないので曲が分かりませんね。近くにイギリス人かアメリカ人でも居れば、直接聞いてみればいいでしょう。もし、そういう人が周りに居なかったらウェブを検索するか、子供用の英語の歌の CD を探してみると見つかるでしょう。私は「ディズニー・みんなの英語の歌ベスト」という CD でこの曲を聞きました。この CD は、Mickey Mouse March や It's a Small World などのディズニーの曲も入っていて、ゴキゲンな一枚です (オリジナル曲 Just for You もオススメ)。今、Amazon では売り切れみたいですが、輸入盤はあるようです (試聴もできるみたい!)。

2005-09-10

フランクのヴァイオリン・ソナタ by ティボー & コルトー

Musical Baton で挙げたフランクのヴァイオリン・ソナタについて思いのたけを書こうと思います。

Musical Baton で挙げたクラシック曲を比べれば、フランクのヴァイオリン・ソナタだけが知名度において他の三つより劣るでしょう。フランクのヴァイオリン・ソナタなど知らないという方もいらっしゃるでしょう。もしかしたら、作曲家フランクを知らない人もいるかもしれません。でも、もし貴方がピアノ好きだとしたら、フランクのヴァイリン・ソナタは是非知っていて欲しい。

私がフランクのヴァイオリン・ソナタを初めて知ったのは、あらえびす著「名曲決定盤」の中でした。「あらえびす」は本名を野村長一といい、もう一つのペンネーム「野村胡堂」は「銭形平次」の作者名として有名です。彼は戦前・戦後を代表するレコード・マニアでした。「名曲決定盤」はその集大成の一つで、演奏者ごとに名盤を紹介するスタイルを取っています。フランクのヴァイオリン・ソナタはヴァイオリン奏者ティボーの項で登場します。少し長いですが、抜粋します。

フランクのソナタは、古今のヴァイオリン・ピアノ・ソナタの中でも屈指の名作で、 この曲に匹敵するものを、私は幾つも知らない。 極言することを許してもらえるならば、あらゆるヴァイオリン・ピアノ・ソナタ中、 最高、至純、至美のものであると言いたいくらいである。 ベートーヴェンのソナタのうち、僅かに一、二のものが、これと美しさを争うであろう。 ブラームスのソナタのうち、これもほんの一つか二つが、 辛くも、このフランクのソナタの深さと高さに追従するであろう。 しかし、美しさと深さと、高さと浄らかさを兼ね備える点においては、 ベートーヴェンもブラームスも、--- 時代と環境のハンディキャップはあるにしても、 フランクの名品の敵ではなかったのである。

この文章に魅かれて、私はフランクのヴァイオリン・ソナタの虜になりました。当時私は大学生で、ヴァイオリン・ソナタはベートーヴェンの「クロイツェル」と「春」しか聴いたことがなかったと思います。それでも、あらえびすの言葉は色褪せることもなく、私を CD 売り場へと突き動かしました。

一聴、フランクのヴァイオリン・ソナタはベートーヴェンのそれより取っつき難かったです。例えば、聴き始めの頃は、第三楽章がよく分かりませんでした。理由はきっと曲の構成にあると思います。例えばベートヴェンのクロイツェルだと、きれいなメロディーが出てきて、楽章ごとに曲が (ある程度) 完結しています。一方、フランクのヴァイオリン・ソナタは、ソナタ一曲で完結していて第一楽章、第二楽章、第三楽章で出てきたメロディーが第四楽章でもう一度顔を出します。だから一つの楽章だけを取り出すだけでは、面白みに欠けるる気がします。それに曲調も渋いので、楽しいメロディーを期待していると肩すかしを喰らいます。でも、一度四つの楽章が頭に入ると、この構成美にハマッてしまいました。

フランクのヴァイオリン・ソナタのもう一つの聴き所はピアノの活躍です。ヴァイオリン・ソナタというと、主はヴァイオリンで、ピアノは少し軽めにみてしまいがちですが、フランクのヴァイオリン・ソナタは違います。全編を通じて、ヴァイオリンとピアノが対話します。特に第四楽章。第三楽章の暗い雰囲気の終わりから、光が差すような、蕾が開くような、吸い込まれるような、始まり方は、全てのクラシックの曲の中でも至高のものだと私は思います。

そんなわけで、ヴァイオリンがよくてもピアノが拙いと一向に面白くないのですが、大物を二人揃えればよいかというと、そうでもないのがこの曲の難しい所です。

沢山ある CD の中で、私が特に好きなのはティボーとコルトーが組んだものです。彼らはこの曲を 1923 年と 1929 年に二回録音しています。マニアの間で評価が高いのは 1923 年盤ですが、私が好きなのは 1929 年の新録音です。理由は、曲の始まりから感じられる緊張感、緊迫感。二人が熱くなっているのを感じられて、丁寧なんて言葉はいらない。ミスタッチなんか気にならない。という気になってしまうのです。聴き終わると、ちょっと疲れてしまう (気力の要る) 演奏ですけど、心揺さ振られる名演です。

名曲決定盤 (上)
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