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2015-08-18

「中国五千年の歴史」動画 — 国の隆盛を見る

ブログ 和洋風KAI で紹介されていた動画をシェア。昨夜軽く見るつもりが、全編 38 分を見てしまい、面白かったのでブログの記事にしてみました。

動画は、五千年前から現代に向かって国々の国名と領土を描く第一部 (動画のほとんどがコレです) と、各時代に最大版図をほこった国の大きさを描く第二部 (おまけな感じです) から成ります。

初期の王朝、「夏」「商」「周 (西周)」から始まり、戦国時代の分裂、秦の統一を経て、前漢、新、後漢、そして三国時代へ。日本の歴史にも出てくる遣隋使の送られた「隋」や遣唐使の送られた「唐」へと続き、元寇で日本に攻めてきた「元」。現在の万里の長城を作った「明」、ラストエンペラーで有名な「清」などなど、国々の隆盛を見ていると飽きることがありません。自分が知らない小さな国々が生まれては消えてゆくのを見ると、そこにもドラマがあったんだろうな、と思います。

2014-07-15

マンガ版「四方世界の王」完結!

マンガ版「四方世界の王」(原作: 定金伸治・作画: 雨音たかし) が 6/25 (水) の第 29 話をもって完結しました。

都市国家バービルムの少年ナムルが、不思議な少女シャズとの出会いを経て、後のハンムラビ王となり法典を完成させる。というのが話の骨子。周囲には傭兵王シャムシ=アダト率いるアッシュール。天然系軍略の天才イバルピエルを擁するエシュナンヌ。そしてリム=スィーン王により統治のいき届いた大国ラルサ。これらの国々を相手取って、ナムルとシャズはいかに活路を見出すのか? そんなボーイ・ミーツ・ガールな古代ファンタジー。

原作は全 10 巻の予定が全 12 巻に伸びた... と後書きにありましたが、現在は第 6 巻が 2011 年 に出たきり続編は刊行されていません。そして、マンガ版は原作に追いついた所で連載休載 (当時、月刊少女シリウスで連載)。

2014 年 6 月 25 日から再開されたマンガ版は「最終章」ということで、一気に話が進みます。最終章は全 6 話。あらすじは決まっていたのでしょう。原作のあらすじをマンガに落としていった、というのが大きな印象でしょうか。アダトとイバピエルは前半に姿を出して物語の方向性に若干の彩りを添える程度。シャズはエレール (アダトの娘) との戦いでおった怪我もあって限界ギリギリ。ストーリーはサイド・エピソードをバッサリと切り捨ててナムルとリム=スィーンの対決へ。そこにシャズが現れて...

大雑把なストーリー展開ではありましたが、ひとまず「四方世界の王」のエンディングを見ることができて一安心しました。

ところで、作画の雨音たかしはコメントで

拙いながら、原作とは違う結末を、この度描かせて頂きました。

と書いています。そして、原作の定金氏は

おかげさまで、小説本編のほうももうすぐ再開できそうです。本編のほうはまたちょっとストーリーが違っていたりします

と、やはりマンガ版と原作版でストーリーが違うことを明言しています。どれほど違うのか気になるところですが... 原作の「再開」が伸び伸びになっているので原作版エンディングを見られるかどうか。当初は、原作の第 7 巻の発売予定が 2011 年 11 月だっただけに「もうすぐ」が何時になるのか不安でしょうがありません。

そういう意味でも、マンガ版のエンディングが読めて良かったです。怒濤の展開とエンディングの切なさに受け付けない人もいるかもしれませんが、私は一つの旅が終わった気分で晴れやかです。最終巻第 5 巻の発売は 8/8 とのこと。

2014-04-28

マンガ版「四方世界の王」 4/30 よりウェブにて連載再開 & 最終章突入

定金伸治の小説「四方世界の王」。1 巻の発売は 2009 年 1 月。最新刊・第 6 巻の発売は 2011 年 8 月。第 7 巻の発売予定は 2011 年 11 月とありましたが、既に 2 年半もの時が流れました。

マンガ版も原作に追いつき休載。「四方世界の王」シリーズの完結は望むべくもないか? と思っていましたが、月刊少年シリウス 2014 年 6 月号の付録に、マンガ版「最終章」と銘打って第 24 話・第 25 話が掲載されていました。待望の連載再開です。しかも、マンガ版の方が原作より先に進んで... 最終章?

ともかく、連載再開です。連載場所は月刊少年シリウスではなく、ウェブ。水曜日のシリウスで掲載。

付録に収録された 24・25 話は 4/30 日更新分で公開。続く 26 話は 5/24 日更新が決まっているそうです。

マンガ版が続くということは粗筋は出来ているはずですが、マンガ版と原作小説では着地点を同じにするのでしょうか? 原作の方も続きが読めると嬉しいのですが、どうなのでしょう。少しは第 7 巻の期待をしても良いのでしょうか?

ref.

原作

マンガ版

2012-05-25

るろうに剣心 —キネマ版— 連載開始

二世マンガ、続編マンガの多い昨今ですが、まさかのリメイクです。「るろうに剣心」がジャンプ SQ で、作者自身の手によってリメイク連載開始です。

ジャンプ SQ. (スクエア) 2012年 06月号 [雑誌]

作者インタビューに 絵柄は『剣心』と『エンバーミング』の中間くらいの雰囲気 とありますが、敵役がどう見てもパピヨンです。いや、和月マンガで最もファンキーで変態で印象深い敵キャラな武装練金のパピヨン。好きです。大好きですよ。でも、るろうに剣心に出すのはどうかしらん。

これからの展開が心配... もとい、楽しみです。

るろうに剣心全28巻 完結セット (ジャンプ・コミックス)
るろうに剣心全28巻 完結セット (ジャンプ・コミックス) エンバーミング-THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN- 1 (ジャンプコミックス)

中央がパピヨン
武装錬金 2 (ジャンプ・コミックス)

2012-05-22

天地明察 (冲方 丁) を読む 〜 のめりこむ時代小説、合戦も剣術もない戦い

天地明察(上) (角川文庫) 天地明察(下) (角川文庫)

「冲方 丁 (うぶかた とう) 。この人は一体、どこへ行くのか?」読み終えて、一息つき、零れた想いはこんなでした。

面白い作品は数多くあります。一頁目から面白いと思う作品も少なくありません。しかし、読み始めて、気がついたら 100 ページを越えていた... なんて時を忘れる様な傑作は少ないものです。「天地明察」はそんな一冊でした。

冲方丁は、SF 作品で名を馳せた才人。この「天地明察」より前に書かれた「マルドゥック・スクランブル」は第 24 回日本 SF 大賞を受賞したほどの名作でした。粗筋と感想は過去記事をどうぞ。

マルドゥック・シリーズの新作を待っていた読者に渡されたのは、SF とは無関係な時代小説。びっくりです。内容は、日本で初めて暦 (こよみ) を作った渋川春海の半生を描いた時代小説。

「明際」とは、当時の算学において、良く出来た正解に与えられる言葉。江戸時代、日本人は平安時代から 800 年使い続けていた暦「宣明暦」を使っていたのですが、流石に実用に耐えなくなり始めていました。そこで、「天」と「地」を測定して日本独自の暦を作り「明察」をなしとげる、というお話です。正に「天地明察」。

渋川春海は頭が良いわけですが、脇を重める二人の友がこれまた凄い天才。痺れます。

本因坊道策

渋川春海は元々江戸幕府碁方の安井家長男。つまり碁打ちでした。安井家に生まれた算哲 (二世) は、家を養子の算知が継いだことから、保井姓を名乗ります。この時、渋川に挑んできたのが本因坊道策。後に碁聖として崇められる碁の天才です。ちなみに江戸時代、碁聖と呼ばれるのは本因坊道策、本因坊丈和の二人。時に道策を前聖、丈和を後聖と呼びます。この後聖をして、道策は次の様に言わしめています。

人に「道策先生と十番碁を打ったらどうなりますか」と問われ、「この百数十年の間に定石や布石の考え方が進歩したので、最初の十番は打ち分け (5 勝 5 敗) 程度には持ち込めるだろう。しかしその十番でこちらの手の内は全て読まれてしまうから、もしもう十番打ったら今度は一勝もできないに違いない」と答えたという。

本因坊道策 - Wikipedia より引用

マンガ「ヒカルの碁」で碁を知った人は、「あれ? 本因坊秀策は?」と思うかもしれませんね。もちろん、秀策も碁聖 (後聖) と呼ばれています。Wikipedia の解説を引用します。

江戸時代までは棋聖と呼ばれていたのは道策と本因坊丈和の2人であったが、明治以降から秀策の人気が高まり、丈和に代わって秀策が棋聖と呼ばれるようになった。

本因坊秀策 - Wikipedia より引用

ヒカルの碁 完全版 1 (愛蔵版コミックス)

関孝和

碁で天才・本因坊道策にコテンパンにやられたと思ったら、数学 (暦の作成にはどうしても数学が必要) の世界にも天才がいました。関孝和。代数計算の発明、行列式の提案、円周率の計算、ベルヌーイ数の発見等々。同世代 (1600 年代) のヨーロッパの数学者らにひけをとらない研究を行なっていました。

本因坊道策と関孝和という二人の巨人に挟まれながら、自分の道を突き進む渋川春海の姿がなんとも爽快です。

文庫版 発売

先日、文庫版がついに発売になりました。で、こちらのエントリー。

はい。「天地明察」では宣明暦よりも中国の授時暦が優れていることを証明するために、日蝕という天体現象を使って「勝負」を行なうのですね。この勝負一つ一つに読者はワクワクするわけです。まあ、主人公が推す授時暦が負けるはずがない... なんて余裕をかまして読んでるわけですけどね。

ところが!

最後の勝負で授時暦が負けるんです。何故、宣明暦より正確な授時暦が蝕の有無を間違えたのか?! それから 22 年。渋川の「日本独自の暦」作成の戦いが始まるわけです。本因坊道策に碁で負けた時、道策は気力を使い果たして気を抜きました。一方、渋川は背筋を伸ばし残心を解きませんでした。力で負けても、安井家 (渋川) に一日の長あり。そう言われた渋川の、「負け」からの再起戦。震えんばかりの興奮です。

SF を書いていた冲方は、何がきっかけで、こんなに面白い時代小説まで書ける様になったんでしょう。冲方は「マルドゥック・スクランブル」で世界に通用する SF を書きました。ところが、次は時代小説で人々を大きく惹きこんだのです。冲方は化けました。だから思ったわけです。「冲方さん、貴方はいったいどこへ行こうとしているのですか?」。

天地明察(上) (角川文庫) 天地明察(下) (角川文庫)

2011-08-21

沙中の回廊 (宮城谷 昌光) を読む

沙中の回廊〈上〉 (文春文庫) 沙中の回廊〈下〉 (文春文庫)

「沙中の回廊」は晋の重臣・士会を主人公にした歴史小説です。士会は重耳 (晋の文公) に見出され大夫 (臣下) となりました。重耳は 19 年に及ぶ放浪を経て晋の君主に即位し、春秋時代の五覇の一人に数えられるほどの名君となりました。当然、19 年の放浪をともにした臣下の多くは優秀で忠義も厚かったので、重臣として取り上げられました。士会はめずらしく、重耳が君主になってから取り上げられました。

本書では、士会に大きな影響を与える人間が二人登場します。

一人は郤缺。父親が恵公 (重耳の弟で政敵) についたため、重耳が君主となった後は野に下りた人物です。この人も重耳が君主になったのち、重耳に仕えることになりました。郤缺は何かと士会と馬が合い、また士会の能力の高さを認めている人でもありました。途中、士会は政治的な事情で隣国・秦に亡命します。士会は優能なので秦の康公 (春秋五覇の一人に数えられる穆公の子です) の元でも活躍をするのですが、郤缺はそんな士会を策略を用いて晋に呼び戻します。以来、二人は晋国を支える柱となってゆきます。

もう一人は介子推です。介子推は重耳の放浪につき従った直臣の一人ですが、重耳が君主になった後、その功積を認められることがなかったため、静かに重耳から離れてしまった人物です。その活躍は「重耳」や「介子推」に詳しいのですが、本書では冒頭に於いて士会の前に現れサッと姿を消します。本書では、士会の行動における理想としてこの時に出会った介子推が強く影響を与えたという設定になっています。「重耳」や「介子推」といった本は重耳のために活躍した介子推を描いた作品でしたが、本書は介子推が重耳から去ることによって神格化される「その後」を描いた作品と言えるかもしれません。

士会は最終的に正卿 (宰相) の座にまで登りつめますが、たった二年で引退します。この引き際の見事さも、介子推の影響があったのかもしれません。たった二年の宰相ですが、春秋左氏伝は「晋の歴史上、士会こそが最高の宰相である」と記し、作者の宮城谷さんも軍師としての士会を非常に高く評価しています。

ちなみに、士会の前に現れた名軍師というと太公望くらいしかいません。太公望は士会より 500 年近く前に活躍しています。また、兵法書「孫子」で名高い孫武は紀元前 535 年頃に生まれています。士会の生没年は不明ですが、宰相になったのが紀元前 593 年とありますから、孫武より前に活躍したことは間違いありません。

本書では、そんな名軍師振りを発揮する士会の姿を読むのも楽しみの一つです。

2011-08-15

介子推 (宮城谷 昌光) を読む

介子推 (講談社文庫)

介子推は春秋時代の名君、晋の文公 (名を重耳) に仕えた賤臣です。ここで言う「賤臣」は貴族出の臣下ではなく庶民出の臣下だと思って下さい。

介子推の史実について知ることは少ないですが、確かなことが 3 つあります。1 つ目は、文公は即位する前に 19 年に渡る放浪の旅をするのですが、その旅に少ない臣下と附き従い、重耳 (後の文公) を輔けたこと。2 つ目は、文公から報いられることがなかったため世捨て人となり、後に文公が介子推に報いようと探すも見つけられなかったこと。3 つ目は、現在、介子推は神として祭られているということです。

介子推がいつ頃から重耳に仕えるようになったのかは不明。少くとも放浪の旅の前であることは確かなようです。実際の活躍となると謎に包まれているのが、春秋時代の世の常ですが、宮城谷さんの作成はこの介子推を鮮かに描き出しています。

若い頃、棒の修練に明け暮れた介子推。棒の達人となり、重耳に仕える介子推。暗殺者・閹楚の刃を幾度と退ける介子推。斉への道のりで食料の入手に奔走した介子推。斉に在っては太子昭の暗殺者らを瞬く間に撃退する介子推。特に閹楚との (重耳を含む他の臣下が知らない) 水面下での攻防は手に汗握るものがあります。

その分、自分の功を何も言わない介子推が何とももどかしく、重耳の許を去る姿が何とも悲しいです。読後感を言えば、同じ宮城谷さんの作品「重耳」の方が好きです。

それと、宮城谷作品は何かとつけて男女の情愛を物語にくっつけます。昔のハリウッドで伝記映画を作る時に、必ずヒロインと結び付けていたのと同じ手法ですね。その手法が成功している作品も多いですが、「介子推」に関しては失敗だと思います。清廉な介子推のイメージにも合いませんし、物語として無理が多かろうと思うのです。無理にヒロインなど創出せず、「重耳」と同じように実直な若者として描いてくれたら、もっと面白かったろうにと思います。

2011-08-13

重耳 (宮城谷 昌光) を読む

重耳(上) (講談社文庫) 重耳(中) (講談社文庫) 重耳(下) (講談社文庫)

「重耳」は中国古代の春秋時代に、晋の文公として中国の覇者になった人です。小説「重耳」の魅力は、沢山の有能な部下と 19 年に渡る流浪の旅の末に晋へ戻り君主となるところです。

重耳の国はもともと晋の分家筋でしたが、重耳の祖父・武公が本家を滅ぼし晋の本家となります。さて、武公が亡くなり献公 (重耳の父) の代になった時、驪姫の乱が起きます。献公の寵姫・驪姫が自分の息子を世継ぎにしようと、重耳を含む公子 (王子) 達を殺そうとしたのです。重耳は数少ない重臣を引き連れ白狄 (中華の北の遊牧民) の地へ亡命します。そこから 19 年という流浪の旅が始まるのです。

臣下

重耳に従った臣下についても述べましょう。有名所は狐偃・狐毛・趙衰・魏犨・先軫・介子推・胥臣。狐偃と狐毛は兄弟で、狐偃は重耳の右腕的な存在です。狐偃・狐毛一族は後に晋で一大勢力となりますが増長し過ぎ、後に滅ぼされます。趙衰は詩を嗜む才人で、彼の子孫の多くが晋の宰相となる名家となります。戦国七国の一つ「趙」国の祖でもあります。魏犨は武人で重耳の車右となります。車右とは、王が戦車に乗る時に王の右に立つ人のことです。国一番の勇士がなるとされます。魏犨の系譜は後に戦国七国の一つ「魏」国を生みます。先軫も武人の一人で、狐偃亡き後、宰相の座につきます。介子推は棒の達人とされ、重耳を暗殺から何度も救い、流浪の旅にあっては食料を求めて最もよく働きますが、重耳が晋に戻った時に何の俸禄も与えられませんでした。これは介子推が貴族ではなかったため、重耳の目にその活躍が入らなかったためとされています。ともあれ、介子推は姿を消し、後に彼の働きを知った重耳は介子推を求めて大捜索をすることになります。しかし、重耳は介子推を見つけることが出来ませんでした。現在、介子推は神様の一人として祭られています (日本の菅原道真が「学問の神様」として祭られるようなものですね)。数多い重耳の名臣の中にあっても、神として崇められるようになったのは介子推をおいて他にありません。

曹の宰相・僖負覊きふきの妻は人物鑑定の才があり、夫に請われて重耳と臣下を見ます。そして 公子は賢人です。それにもましておどろかされたのは、従者のかたがたです。そろって宰相の器ではありませんか。数人の宰相がたった一人の公子をお輔けしているのですから、晋国が手に入らぬはずはありません (下巻, p.198) と言うほどです。

放浪

最後に、重耳の放浪について書きましょう。白狄に逃れた重耳は一時の安寧を得ますが、その後放浪の旅に出ます。訪れた国を順に書き出すと、衛・斉・曹・宋・鄭・楚・秦です。重耳は衛・曹・鄭では冷遇されますが、斉・宋・楚・秦では好遇されます。この時、好遇した国の君主を挙げてみます。斉の桓公、宋の襄公、楚の成王、秦の穆公です。このうち、斉の桓公と宋の襄公、そして秦の穆公は春秋五覇に数えられる名君。楚の成王も楚の荘王(春秋五覇の一人) に次ぐ名君です。名君は名君を知るということでしょうか。

皮肉なのは秦の穆公です。秦は中華では最西の国で、中華統一を悲願にしていました。ところが、重耳(晋の文公) は穆公が予想した以上の名君だったのですね。晋は秦の東に在りますが、文公によって晋国が強力になってしまったため、秦の中華統一は大きく遅れてしまいました。

2011-08-09

四方世界の王 6 すべての四半分は女の 15 (定金 伸治) を読む

四方世界の王 第 6 巻がようやく発売になって一安心。

前巻でようやくエレールを撃破したナムルとエリシュティシュタル。今巻でようやくシャズを奪還します。

と... そこからストーリーは大して進展しません。アッシュールの王シャムシ=アダドの若い頃の活躍が描かれたり (これはこれで十分面白かったです)、アッシュールはマリが攻める準備をしたり、南のラルサがイスィン侵攻にとりかかり始めたり。主人公ナムルの出番が少なくなってしまいました。

物語が大きく動き出す嵐の前の静けさの様な 6 巻目でしたね。7 巻目では、アッシュール vs マリ、ラルサ vs イスィンの戦いが描かれるとともに、ナムルとシャズも色々と動いてゆくことでしょう。楽しみです。

ところで、マンガ版の方が原作に追いついちゃいました。どうなるんでしょうね。マンガ版はペース速すぎ。原作ペース遅すぎです。あとがきによると、原作 7 巻の発売は 11 月を予定しているそうです。4 か月... 毎月発売の予定が、隔月発売に変更になって、いつの間にか更に発刊ペースが伸びて。ウーン、最初、飛ばしすぎたのかなぁ。全十巻完結の予定が十二巻に変更されたという情報もありましたが、その点についても「あとがき」ではノータッチでした。四方世界の戦況も混沌としていますが、それ以上に刊行ペースが混沌としている「四方世界シリーズ」です。願わくば、シリーズが完結しますように。

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2011-07-16

四方世界の王 6 巻目、いよいよ発売!!

「四方世界の王」シリーズ第六巻、「すべての四半分は女の15 (ハミシュシェレト)」が Amazon で予約可能になっています。発売予定日は 2011 年 8 月 2 日。価格は 1,480 円です。「四方世界の王」ファンは待ちに待った新刊に発売。嬉しいですね。私はもう予約しました。

それにしても長く待ちました。五巻の発売が 2010 年 6 月ですから、1 年 2 か月ぶりの新刊です。講談社BOXのホームページには何の告知も出ていませんが、今まで Amazon に「予約ページ」が出来たことはないので、もう延期はないでしょう。2010 年 8 月発売予定とされていたのが、延期に次ぐ延期。講談社の新刊ページに発売予定の予告が出るも、何度も予告が消滅。マンガ版が連載されている「月刊シリウス」で「今冬発売予定」、「今春発売予定」の文字が躍るも梅雨は明け、どうなることかと思っていました。

途中で我慢が出来なくなって、(四方世界の王の作者である) 定金伸治氏の別シリーズにも手を出しましたっけね。

8 月まであと半月。ああ、楽しみです。

関連エントリー

2011-04-29

華栄の丘 (宮城谷 昌光) を読む

華栄の丘 (文春文庫)
宮城谷 昌光

4167259141
文藝春秋 2003-03
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宋の名宰相・華元を描いた作品です。華元の功積として一番に上がるのは、大国・楚と大国・晋の和平を取り持ったことでしょう。しかし、本書ではそのエピソードは最後の章で軽く触れるに留められています。

「華栄の丘」では、悪王・昭公の死後、文公と共に宋に平和をもたらそうとする華元の姿が描かれます。「文公」という諡号から、華元の仕えた王は非常に徳の高かった人物であったことが分かります。文公あっての華元であり、華元あっての文公だったことが伺えます。

クライマックスは、楚の覇者・荘王が宋を攻めるところでしょう。宋は「礼」を大切にし、盟下に入っている晋につくします。楚が来ても、晋から離れることはありません。これは、大国である楚と晋の力が拮抗していたから出来た外交でした。ところが、晋は邲の戦いで大敗を喫し覇権を楚に譲ってしまいました。助けを求めても、大国・晋といえども兵を送り出す国力がありません。宋、絶体絶命です。

楚の攻勢に対して 100 日持った国はありません。しかし、宋は粘ります。文公と華元のもと、一岩になって戦います。結局、荘王は 200 日以上の帯陣の後、宋攻略を諦めるのでした。

歴史とは面白いもので、楚にも王に直言する人がいました。申犀。彼が荘王の撤退に否を唱えます。そして賢臣がもう一人。申叔時。彼の献策によって、遂に宋は楚の盟下に入ります。

あとがき

春秋五覇の一人に数えられる襄公の妃・王姫。襄公の孫・文公。そして名宰相・華元。この三人を軸に、宋という国が一致団結する様が、本書の面白味です。楚と晋の和平をとりもつ時、文公は既に亡くなっていました。だから、華元の一番の功積は軽く触れられただけなのだと思います。華元が一番輝やいている時を描こうと思ったら、やはり文公と一緒に居た時なのでしょう。

沈黙の王 (宮城谷 昌光) を読む

沈黙の王 (文春文庫)
宮城谷 昌光

4167259060
文藝春秋 1995-12
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「沈黙の王」は五つの短編集から成っており、時代もバラバラです。夏王朝・商王朝・西周滅亡・東周樹立・晋。ひどいものですね。全く予備知識なしに読んで理解できるかどうか不安です。

簡単に各編の紹介と感想を書きましょう。

沈黙の王

商の 27 代・高宗武丁のお話しです。武丁は甲骨文字を作ったことで有名です。このお話は、武丁が文字を作るまでに味わう艱難辛苦を描いた作品です。

地中の火

夏の 5 代目に滅亡の危機がありました。后羿とその部下・寒浞が王を殺して、公子も全て殺害してしまうのです。けれど、一人だけ見逃した子がいて、后羿と寒浞は敗れます。珍しく反乱し失敗する側に立った作品です。

妖異記

周 (西周) 崩壊を描く一編です。鄭の桓公がなんとか幽王を助けようと奮闘する姿が悲しいです。周滅亡のきっかけになったのは、褒姒という王妃でした。夏王朝の末喜、商王朝の妲己、西周王朝の褒姒。三つの王朝が王妃をきっかけに減びるというのは面白い符号の一致ですね。

豊饒の門

「妖異記」の後半部分からお話しが始まります。鄭の桓公の息子・武公の助力により幽王の子・平王が洛邑に周を再興します。東周の始まりであり、春秋時代の始まりでもあります。

本短編集の中で、唯一、続きものとして楽しめる作品です。

鳳凰の冠

晋の悼公に仕えた、羊舌氏の叔向が主人公です。時代としては斉に晏子、鄭に子産、宋に向戌、楚に伍挙がいる名臣・賢臣の時代です。夏姫の娘が出てきて、叔向と結婚しますが、史実かどうかは分かりません。

2011-04-18

春秋の名君 (宮城谷 昌光)

春秋の名君 (講談社文庫)
宮城谷 昌光

4062646633
講談社 1999-09-06
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「春秋の名君」は、古代中国の春秋時代に活躍した名君を紹介する本。と思いきや、後半はエッセイ集になっていました。

  • 第 I 部: 春秋の名君 (pp.13-67)
  • 第 II 部: 歴史小説に関するエッセイ (pp.71-148)
  • 第 III 部: 雑多なエッセイ (pp.151-229)

約 230 ページの本に対して、春秋の名君に関する記述は 50 ページほどしかありません。同著者の春秋名臣列伝や戦国名臣列伝を思い浮かべていると、あまりの薄さに肩すかしを喰らいます。

春秋の名君

本書で取り上げる君主は 12 人です。50 ページに 12 人ですから、一人頭 4 ページちょっとですね。

名君 12 人の名前と一行プロフィールを書いておきます:

  • 鄭の武公: 東周樹立に尽力
  • 鄭の荘公: 春秋覇者の始まりとも言われる
  • 魯の荘公: 斉の桓公の兄・襄公に父を殺され、復讐する
  • 斉の桓公: 名宰相・管仲を伴い中華の覇権を握る
  • 宋の襄公: 斉の桓公に続こうとするも、楚の成王に破れる
  • 楚の成王: 楚の南方を平定。「楚の地、千里」(史記) と言われる
  • 晋の文公: 19 年の放浪の旅の後、中華の覇権を握る
  • 秦の穆公: 中華統一を目指す。百里奚を抜擢したことで千里の地を得、秦を大国にする
  • 楚の荘王: 「鳴かず飛ばず」の故事で有名。邲の戦いで晋を破る
  • 呉の闔廬: 伍子胥・孫武を抱え、当時最強の兵力を育てる
  • 呉の夫差: 父・闔廬を越の句践に殺される。復讐を誓う「臥薪」の故事で有名
  • 越の句践: 呉の夫差に破れ幽閉される。復讐を誓う「嘗胆」の故事で有名

晋の文公は 19 年の放浪生活の中で、斉の桓公・宋の襄公・楚の成王・秦の穆公に厚遇されました。凄い人ですね。呉の闔廬に仕えた孫武は「孫子の兵法」で有名な軍師です。

ほんの数ページの名君紹介ですが、春秋時代の君主は沢山いて混乱しやすいです。一読しておくと春秋時代の本を読む時に役に立つと思います。

道徳律の問題 (p.124)

「道徳律の問題」というエッセイの中で、こんなことを書いています。

イギリスの作家にサマセット・モームという人がいて、かれの『作家の手帳』のなかにつぎのような文がある。

「作家がいかなる主題をあつかおうと、かれ自身の道徳律を示すことになる。そのことが歴史小説の大きな欠点なのである」

そして、宮城谷さんは 逆手をとろうとした。その時代の道徳律を示せば歴史小説の長所となる とおっしゃいます。しかし、宮城谷さんの歴史小説を読むと、春秋戦国時代の「道徳感」はちゃんと表現できてはいるけれども、宮城谷さん自身の「道徳律」は一環して現れているんですね。やはりモームは正しかったということでしょう。これを欠点とまでは言いませんが、歴史小説にとって逃れられない性なのかと思いました。